戦後に一斉に植えられたソメイヨシノが、いま同時に老い始めている。私たちが「日本の春」として親しんできた風景は、維持されなければ続かない局面に入った。そのなかで、青森県弘前市には、樹齢100年を超えてなお咲き続ける桜がある。なぜそこだけが、別の時間を生きているのか。
毎年春、目黒川沿いには約300万人が訪れる。およそ4キロの川面を覆うソメイヨシノのトンネルは、中目黒駅を降りた瞬間に視界を桜色で満たし、SNSのタイムラインに同じ構図の写真が無数に流れていく。桜の下で乾杯する人、夜桜の光に見入る人、ボンボリの灯りに目を細める人——都会の春を象徴する風景のひとつである。
しかしいま、この風景は静かに崩れはじめている。
ソメイヨシノの寿命は、一般に60年から80年とされる。成長が早く、短期間で名所をつくれる一方、病気に弱く、幹が腐りやすい。戦後復興期から東京オリンピックの時期にかけて全国に大量植樹されたソメイヨシノは、いまちょうど寿命に差し掛かっている。目黒川沿いの桜の多くは1980年代の河川改修時に植え替えられた3代目で、すでに樹齢40年を超える。東京新聞の報道によれば、樹木診断で「健全」と判定された目黒川沿いの桜の割合は、かつての9割から2割にまで落ち込んでいる。目黒区は2014年に「目黒のサクラ基金」を設立し、樹勢回復と植え替えを進めているが、1本の植え替えには約100万円を要する。
目黒川だけではない。東京都国立市のさくら通りでは、1967年(昭和42年)に植えられた209本のソメイヨシノが2010年代に入って老朽化を顕在化させ、市は2013年度から樹木医診断を経た段階的な植替え事業に踏み切った。今春には世田谷区の都立砧公園で、樹齢を重ねたソメイヨシノが倒れ、下敷きになった70代女性が負傷する事故も起きている。国土交通省によれば、全国の倒木事故は2021年4月から2024年11月の3年半で1732件発生し、うち110件が人身事故に発展した。同じ動きは、関東から関西、全国の戦後植樹の名所で広く進んでいる。
ソメイヨシノはすべて接ぎ木で増やされたクローンである。遺伝子が同一であるということは、同じ時期に植えられた木が同じ時期に老いていくということだ。戦後の一斉植樹は、同時に、一斉老化の時限装置でもあった。私たちが「日本の春」として共有している風景の多くは、戦後の復興のなかで、急ぎ、広く、共に植えられた同じ遺伝子の兄弟たちである。短期間で全国に春の景色を取り戻したという意味で、これは戦後日本の美しい成果でもある。ただ、その景色を百年先まで咲かせ続けるための仕組みは、植えられた当時には誰も十分には持ち合わせていなかった。いまその同じ木々が、ほぼ同じ時期に、次の世代への受け渡しを問われている。



