ラスベガスで開かれたAdobe Summit 2026の壇上に、米国最大のスポーツ用品小売チェーンDICK’S Sporting Goodsの二人が並んだ。エミリー・シルバーCMO(最高マーケティング責任者)と、ヴラド・ラックCTO(最高技術責任者)である。
二人は同じ顧客について語り始めた。マーケターが顧客の心理を語り、技術者がシステムを語る──という日本の会議室でよく見る風景とは、まるで違う。同じ言葉、同じ温度感、同じ目線で、顧客の成長と会社の未来を語っていた。
そしてその二人は、自社の客を一度も「カスタマー」と呼ばなかった。代わりに繰り返したのが「アスリート」という言葉である。
小売業の役員が自社の顧客を「アスリート」と呼ぶ。しかも二人揃って、マーケティングの文脈でもシステムの文脈でも、一貫して同じ呼び方をする。日本の経営会議で、マーケ担当とIT担当が顧客を同じ単語で表現している光景は、どれだけあるだろうか。多くの企業では、両者はそもそも異なる顧客像を頭に置いたまま議論を進めている。DICK’Sの壇上で際立っていたのは、AI技術の進歩ではなく、この組織的な足並みの揃い方の方だった。
そして、異なる立場の二人が同じ光景を見るために使っていたのが、Adobeのマーケティングツールだった。単純な販売データだけではなく、さまざまな顧客の動向を数値化、ビジュアル化して、異なる立場の二人がそれぞれの情報を咀嚼できる。
マーケティングの主役は膨大な数のパラメーターを人間が職人技のように判別する時代から、AIの活用へとへ移り、さらにAI自身がエージェント化して自律的に動き始めた2026年。
顧客・販売情報を大量に扱う大企業はAIに顧客データを分析させ、次のアクションを自律実行させる方向へ舵を切りつつある。ではそうしたAIをどう設計し、組織としてどう統制するのか。顧客との関係をどう作り直すのか。
Adobe Summit 2026に2万人以上の経営幹部やマーケターが集まったのは、この問いに答えを探すためだ。壇上にはP&Gのシャイレッシュ・ジェジュリカーCEO、NVIDIA創業者ジェンスン・フアン、ComcastのChief Growth Officer(最高成長責任者)ジョン・ギーゼルマンらが並んだが、話題の中心は自社の顧客との関係をAI時代にどう再設計するかだった。
「顧客との関係」を経営資産として運用
商品の機能もデザインも平準化し、模倣も容易になった現代では、流通ごとの違いを訴求することが難しくなっている。Amazonのような効率追求型のプラットフォームが既存の流通を脅かし、メーカーも販売する際に同種のプラットフォームに依存せざるを得ない。
こうした環境で製品ブランドの価値を維持するには、顧客との関係強化を競争力の源泉にするのが近道であることは言うまでもない。顧客のライフスタイルに寄り添う存在になる──ブランド化の王道とも言える発想だが、それ自体は目新しくない。
しかしAIの登場とマーケティングツールへの実装によって、この「ライフスタイルに寄り添う」マーケティングをデジタル上で実装できる環境が整いつつあるというのが、Adobe Summitで発信されていたトレンドの一つだ。



