創業者の歩みとガバナンス重視の姿勢が、4000店構想の土台
軌道に乗った事業もある。2022年に立ち上げた、Kopi Kenangan Hanya UntukmuというブランドのRTD(レディ・トゥ・ドリンク)商品のラインだ。「あなたのためだけに」という意味を持つこのブランドのドリンクは、地方都市や農村部のコンビニで販売されている。ティルタナタによれば、この事業は急成長しており、2025年の販売本数は3倍に増えたという。ただし、それはまだ小さな母数からの伸びだとも認めている。彼は「2030年までにカフェを2600店に増やしても、インドネシアの2億8000万人すべてには届かない」と語り、この商品群がその不足を補う「有効な補完策」だと位置づけている。
こうした多くの課題を抱えるなかでも、ティルタナタは猛烈なペースで働き続けている。その原動力になっているのが、朝5時からのエクササイズと、1日に3〜5杯飲むコーヒーだ。彼は毎月40〜50店の自社店舗を自ら回り、「市場の脈を絶えず確かめている」という。Peak XVのアガルワルは、このCEOが「おそらく1日に15〜17時間は働いている」と述べている。
ティルタナタの起業家精神のルーツは、少年時代にさかのぼる。父は連続起業家、母は輸入スキンケア製品の販売代理業を営んでおり、ティルタナタは3人兄弟の長男として育った。高校時代にはポケモンカードを売っていたという。ボストンのノースイースタン大学では財務と会計を学んだが、両親が資金繰りに行き詰まったため、本来4年かかる学部課程を2年半で修了せざるをえなかった。
2010年に大学を卒業したティルタナタは帰国後、父親とともに石炭の販売会社を立ち上げた。しかし2014年、供給過剰で石炭価格が急落し、事業は大きな打撃を受けた。 彼は1年後に会社を離れ、市場の変動に左右されるのではなく、自ら価格を決められる独自ブランドを築くことを決意した。最初に手がけたのは、Lewis & Carroll Teaという高級ティーチェーンだった。同ブランドは現在もジャカルタに1店舗を残している(ティルタナタによれば、自身は現在少数株主にとどまり、日々の経営には関わっていないという)。
より大きく成長できる事業機会を探していた彼は、コーヒー事業に目をつけた。2017年、高校時代の友人ジェームズ・プラナント(36)とともにKopi Kenanganを立ち上げ、スタートアップでマーケティング経験を持つシンシア・チャエルンニサ(38)も経営陣に迎え入れた。ティルタナタは同社株の17%を保有し、プラナントは10.7%、Kopi Kenangan会長を務めるチャエルンニサは0.3%を保有している。
3人は自己資金から1億5000万ルピア(約137万円)を持ち寄り、最初の店舗を開いた。翌2018年には、現在も株主であるインドネシアのベンチャーキャピタル、Alpha JWC Venturesからシード資金として800万ドル(約12億6000万円)を調達し、その資金で国内出店を加速させた。その後の資金調達を追い風に、2022年のマレーシア進出を皮切りに、シンガポール、フィリピン、オーストラリア、インドへと事業を広げた。
インド拠点の調査会社Tracxnによると、インドネシアのスタートアップ業界は3万2000社超を擁する。その業界が2025年、売上高を水増ししていた疑いがある養殖分野のユニコーン企業eFisheryの破綻で揺れた。ティルタナタは、これを「必要な警鐘だった」と語る。透明性や事業の根幹より急成長を優先することの構造的なリスクを、業界全体に浮き彫りにしたからだという。
彼は、Kopi Kenanganの拡大目標が「大胆」だとしつつも、同社が創業初期から企業統治の規範を守ってきたと強調した。ティルタナタは、監査法人に4大会計事務所のPwCを起用し、外部コンサルタントも招いて内部統制のストレステストを進めてきたと語る。「ガバナンスなき成長はあり得ない」と彼は付け加えた。
ティルタナタはまた、この過熱した市場の競争に動じていないと語る。Kopi Kenanganには、他社にはない独自の価値があると確信しているからだ。「私たちは創業当初から、インドネシア発のコーヒーチェーンには、世界で独自の需要があると信じていた。また、いつも『インドネシアから世界へ』と言ってきた。その旅は、まだ始まったばかりだ」と彼は続けた。


