“ハードウェアのビジョン”を語れるターナス
一方、新CEOのジョン・ターナスは、25年にわたりアップルでハードウェア設計の最前線に立ってきた人物である。ペンシルベニア大学で機械工学を修めた後、VRヘッドセット開発のベンチャーを経て2001年に入社。プロダクトデザインチームから出発し、2013年にハードウェアエンジニアリング担当副社長、2021年に上級副社長へ昇格した。iPad、AirPods、Mac、Apple Watch、iPhone、Vision Pro、そして2026年3月のMacBook Neoまで、主要ハードウェアのほぼすべてに関与してきた。
ちなみに今回の人事まで、彼は一度もアップルの取締役会に所属したことはない。今回はまさに飛び級人事で、一足飛びに若返りが図られた格好だ。
アップルのトップ交代に関しては、ここ数年、さまざまな角度から観測されてきたが、注目したいのはターナスの系譜だ。直属の上司だったダン・リッチオは、ジョナサン・アイブと並ぶジョブズ期後期のハードウェアに対する“美学”ともいえるストイックさの体現者であり、ターナスはその直系に位置する。
つまりCEOという同じ役職ではあるが、彼が求められているのはクックの役割ではなく、ジョブズ・アイブ・リッチオという、アップル黄金期のものづくり哲学の継承とも受け取れる。
ターナスが持つ専門性の核となる要素は、ハードウェアを“ハードウェアとして成立させる”力だ。シリコンの発熱、バッテリーの容量、筐体の剛性、センサーの精度、ディスプレイの応答速度──物理的な制約をプロダクトの魅力へ変換する能力と言い換えることもできる。
これは表計算の上で語られる経営判断ではなく、プロトタイプを手に取って「これは違う、やり直す」と言えるタイプの経営者といっていい。
ジョブズが優れた製品を構想する人、クックが組織を整える人と捉えるなら、ターナスは製品をより良い形で実装する人──三者は異なる才能だが、いまアップルが必要としているのはターナスのタイプだろう。生成AIの競争軸が、クラウドからハードウェアに戻りつつあるからである。
スルージCHOが目指す“ハードウェアの実現力”の最大化
しかし筆者はターナスのCEO就任以上に、スルージの最高ハードウェア責任者(CHO)就任が大きな意味を持つと考えている。むしろ、アップルの新しい経営戦略の本質はここに凝縮されているとまで思うほどだ。
スルージは2008年に入社以来、Aシリーズ、Mシリーズといった独自プロセッサ群を率い、いまやアップル最大の競争優位の源泉を築いた。2019年にはインテルから次期CEOオファーを受けたが、最終的にゲルシンガーが選ばれスルージはアップルに残った。彼を引き留めたことが、アップルの今日を作っていると言っても言い過ぎではない。
新設のCHOポジションは、半導体・ディスプレイ・光学・電源管理・センサー・無線通信といった要素技術と、筐体設計・機構設計・組立といった製品統合の二領域を、一人の責任者下に統合するものだ。


