エミネム発掘と50セントを擁したアフターマスの躍進
そしてその波はデトロイト出身のやせた白人青年、マーシャル・マザーズという形でやってきた。ドレーが初めて彼の音源を耳にしたのは、インタースコープのインターンがアイオヴィンに渡したデモテープを通じてだった。2人は初めて一緒にスタジオに入ったその日にシングル『My Name Is』を制作し、1999年に当時26歳だったエミネムを世に送り出した。ニールセン・サウンドスキャンによると、エミネムはその後、2000年代の音楽業界で最も売れたアーティストとなり、米国だけで3220万枚のアルバムを売り上げた。
「ほかの誰も相手にしてくれなかった時期に、ドレーは私に賭けてくれた。ドレーが後ろ盾になってくれたことで、人々は私の音楽にきちんと耳を傾け、真剣なアーティストとして受け止めてくれるようになった」と、エミネムはフォーブスに語る。
アフターマスはその後、エミネムの『The Real Slim Shady』や50セントの『In Da Club』、ドレー自身の2作目のソロアルバム『2001』(600万枚以上の売り上げ)といったヒットで勢いに乗った。ドレーが初めてフォーブスの高額所得セレブリティランキングに登場したのは2001年で、彼はアフターマスの持ち分の30%を3500万ドル(約56億円)でインタースコープに売却したと報じられている。
Beats Electronics創業から、アップル史上最大の買収案件まで
その後も、ドレーのもとには収入を増やす機会が次々に舞い込んだ。多くのブランドが、自社商品の宣伝役に彼を起用したがっていた。彼は、2006年にマリブの浜辺でアイオヴィンが歩いているのを見かけた時のことを覚えている。2人は当時、いずれも現地に家を持っていた。ドレーはアイオヴィンを自宅のデッキに招き、自分がスニーカーのブランドを立ち上げるべきかどうかを尋ねた。
「私は彼を見て、こう言ったんだ。『おい、お前とスニーカーに何の関係があるんだ?』とね」と、アイオヴィンは振り返る。ドレーによれば、アイオヴィンは「スニーカーなんかやめろ。スピーカーをやろう」と言ったという。
こうして2人はBeats Electronicsで組むことになった。当時主流だったのは、iPodやiPhoneの購入時に無料で付いてくる安価なイヤホンだったが、彼らはそれとは対照的な高級オーバーイヤー型ヘッドホンを製造した。ドレーは音楽制作と同じように、製品テストにも徹底してこだわり、より優れたリスニング体験を実現できると信じる低音重視のサウンドに仕上げていった。そこにアイオヴィンのマーケティング手腕が加わり、ブランドはたちまち軌道に乗った。
Beatsのヘッドホンは、インタースコープの所属アーティストのミュージックビデオに登場し、2008年の北京五輪では米国男子バスケットボール代表の選手にも着用された。この取り組みを主導したのはレブロン・ジェームズで、彼はブランドアンバサダーになる見返りとして、Beatsの少額の持ち分を受け取っていた。やがて「Beats by Dre」は、単なる音響アクセサリーではなく、ナイキのジョーダンブランドのような、ステータスシンボルへと変わっていった。フォーブスの推計によると、同社の売上高は2009年の1億8000万ドル(約286億円)から、2012年には8億6000万ドル(約1367億円)へと拡大した。
Beatsは2012年、ハードウエア以外の分野にも事業を広げ、推定1400万ドル(約22億円)で音楽配信サービスのMOGを買収した。ドレーとアイオヴィンはその基盤を使って、2014年にBeats Musicを立ち上げた。その狙いは、SpotifyやPandoraに対抗する音楽配信サービスをつくることと、最終的には買収されやすい魅力的な事業に育てることだった。
ドレーの推定20%の持ち分の価値を考えれば、アップルへの売却をためらうことなどなかったのではないかと問われると、ドレーは笑ってこう答えた。「あれは簡単だった。人生最高の取引みたいなものだった」。
その後、アップルはBeatsを30億ドル(約4770億円)で買収した。これは現在も、同社史上で最大の買収案件となっている。フォーブスの推計によると、ドレーとアイオヴィンはそれぞれ約1億ドル(約159億円)のアップルの株式を受け取り、その権利確定期間は4年に設定された。その背景には、2人を経営陣に迎え入れ、Beats Musicをベースに2015年にApple Musicを立ち上げる狙いがあった。
ドレーは2018年にアップルを離れた。その後、2021年の離婚訴訟で公開された裁判資料から、彼が保有株の大半を売却していたことが明らかになった(なお、その株式の価値はその後2倍になっている)。彼は離婚の和解で2回の5000万ドル(約80億円)の支払いに応じ、その後まもなく、自身の録音原盤権と出版権のカタログの売却先を探し始めた。フォーブスの推計によると、彼は2023年1月、その権利をユニバーサル・ミュージック・グループと、ロサンゼルス拠点のメディア投資会社Shamrock Capitalに2億ドル(約318億円)超で売却した。


