マット・ポープセル博士はThe Predictive IndexのVPであり、『Expand the Circle』の著者、『Lead the People』のホストである。
私は細部に強いタイプではない。これは告白ではなく、仕事上、直視せざるを得なかった事実だ。動きは速く、考えは口にしながら整理する。スプレッドシートの1つのセルを追うより、大きなアイデアを膨らませているときに最も生き生きする。だからキャリアの大半で、自分とは違う配線を持ち、私のスタイルを補ってくれる人たちに囲まれることを意識してきた。
例えば、私がソフトウェアのプロダクトマネジメントのエグゼクティブだった頃、PIチームのメンバーであるブランカに大きく頼っていた。彼女は、当社のソフトウェア、ワークショップ資料、そして科学的知見の翻訳を70以上の言語へ展開する業務を取り仕切っていた。翻訳ガイドラインの策定、変更点の追跡、ベンダーの費用、ユーザーのフィードバックといった事項も統括していた。率直に言えば、同時にそこまでの細部を私の頭の中に保持することはできなかった。しかしブランカは、ただ管理していたのではない。その仕事の中で輝いていたのだ。
当初、話しながら進める、スピード重視の私のマネジメントスタイルは、彼女が成功するための環境を整えられていなかった。だが、どう協働すればよいかが見えてくると、状況は開けた。私は翻訳の範囲をはるかに超える仕事を彼女に任せるようになった。正確性、一貫性、徹底性を要するあらゆる業務。私ならうまくできないが、彼女なら卓越して成し遂げられると分かっていた仕事である。
最近、私はブランカのことをよく考えている。なぜなら、彼女が本領を発揮するためにある仕事──緻密で、手順に忠実で、細部に負荷のかかる仕事──こそ、AIが自動化によって消し去ろうとしている領域だからだ。そして往々にして、それが「誰がその仕事で力を発揮していたのか」への配慮抜きに進んでいる。
AI戦略に潜むミスマッチ
職場におけるAIをめぐっては、誰もが淡々と「単純作業から解放される時」を待っている、という語り口がある。多くの従業員にとってはそれが真実だ。しかし、従業員の相当な割合にとっては、そうではない。
ブランカのように、細部に強く、プロセスに沿った仕事によって活力を得る従業員もいる。正確さ、徹底、目に見える成果、構造化された手順に対する彼らの志向こそが、彼らを卓越させてきた。その仕事が自動化に置き換えられると、多くの組織は紙の上では合理的に見える対応を取る。そうした従業員を、戦略、協働、イノベーションを中心とする、より高付加価値のアサインメントへ移すのだ。昇進のように見えるが、実際にはミスマッチである。
The Predictive Indexでの私の仕事を通じて、私はこのパターンが現れるのを見てきた。私はこれを「行動の置き換え(behavioral displacement)」と呼んでいる。効率化の取り組みが、特定の従業員の配線に合った仕事を消し去り、その従業員を、彼らの動機づけに合わない役割へ再配置する。パフォーマンスはすぐには落ちないかもしれないが、意欲は実行の下で静かに削られていく。エンゲージメント低下が表面化したときには、パターンはすでに定着しており、大きな帰結をもたらす。ギャラップは2024年、エンゲージメント低下が世界経済に年間4380億ドルの損失を与えたと推計した。
リーダーは「細部に強い従業員」のためにAIを機能させられる
プロセスを愛する従業員は、AIから救われる必要はない。AIへ向けてリダイレクトされる必要がある。責任あるAI活用には、システムが見落とすものを拾い上げる配線を持つ人間が必要だ。そしてプロセスをすでに熟達している従業員こそ、AIが生み出すものを統治し、監査し、品質をチェックする役割を担うべき存在である。AIを導入しているのが私のようなより冒険的な同僚であることを踏まえると、こうした従業員の正確性は、置き換えの効かない組織のガードレールとなる。
技術の意思決定と人の意思決定は、セットで行わなければならない。リーダーとして、機能を自動化する前に次の重要な問いを自らに投げかけたい。この仕事から意味と動機を得ているのは、どの従業員か。これに答えられないなら、自動化の準備は整っていない。
その上で、役割の再設計では従業員の配線を考慮すべきだ。正確性に強みを持つ従業員を、監督、ガバナンス、品質管理へと導けば、彼らの強みが正当に生きる居場所ができる。同時に、責任あるAI導入に必要な人間の判断力も育まれる。
最後に、明確なコミュニケーションが欠かせない。役割が大きく変わる従業員は、新しい体制がなぜ重要なのかを理解する必要がある。文脈のない構造変更は、自動化によって防ぐはずだったのと同じエンゲージメント低下を生み出す。
労働力は適応する。これまでもそうだった。いま違うのは、適応が自然に起こるという前提が置かれていることだ。自動化によって消される仕事に活力を得ていた従業員にとって、適応は自然には起こらない。彼らはAI駆動の職場における負債ではない。しかし意図的な役割設計がなければ、負債になってしまう。そのツケは、私たち全員が払うことになるのだ。



