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2026.04.29 17:00

次世代AIの新たな学習データは、昨日消えたスタートアップのSlackとメール

stock.adobe.com

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倒産など会社が消えても、社内のSlackの履歴やメールは消えない。それどころか売れる。米国では現在、廃業したスタートアップが社内に残したコミュニケーションのデータを、AI研究所に売却する新たな市場が立ち上がっている。1社あたりの売却額は、最大で10万ドル(約1590万円。1ドル=159円換算)規模に達するという。

米国では、業務で使ったSlackのメッセージや業務メール、ソースコードは、原則として会社の資産として扱われる。従業員は、雇用契約の段階でそれらの知的財産権を会社に譲渡しているのが一般的だ。加えて、スタートアップは設立から数年以内に大半が消えるとされる業界であり、廃業時の資産処分は日常的な実務でもある。

そこに重なるのが、AI企業による「実務データ」の争奪戦だ。AIモデルの訓練に使えるインターネット上の公開データは、2024年後半までにほぼ出尽くしたとされる。一方で、実際に職場で通用する「エージェントAI」を育てるには、人間が日々の業務で積み重ねてきた生の作業記録が欠かせない。閉鎖されたスタートアップに残されたデジタルの記録は、その新たな供給源になりつつある。

ただし、社内でやり取りをしてきた元従業員側からは、プライバシー上の懸念も指摘されている。

廃業したスタートアップcielo24、AI学習用に社内データを売却し数千万円を獲得

文字起こしと字幕制作を手がけるスタートアップcielo24を、CEOとして率いてきたシャナ・ジョンソンは、会社を閉じる段階になって、現金化できる意外な資産があることに気づいた。それは、長年の業務やコミュニケーションの中で蓄積されたデジタルデータだった。

会社を閉じるため、ジョンソンは、企業の清算を支援するスタートアップSimpleClosureと組んだ。SimpleClosureは、給与や税務の処理、投資家からの同意取り付け、米内国歳入庁(IRS)への書類提出といった、通常の廃業手続きを進めてくれた。

続いて取りかかったのは、起業家向けのどんな指南書にも載っていない作業だった。cielo24が13年分にわたって積み重ねてきたデジタルの足跡を、次世代AIの学習データとして売り払う作業である。Slackで交わされた個々のジョーク、Jiraのチケットの1枚1枚、数テラバイト規模のGoogle Driveに残された社内の成功や挫折を記した社員のメール──こうしたものすべてが対象となった。

この売却でcielo24は「数十万ドル」(数千万円)を手にした。ジョンソンによれば、その金額のおかげで、「請求書をどう支払えばいいかも分からない」状態から、「すべてをきれいに片付けて立ち去れる」状態に移ることができたという。

「会社を閉じたことには、現在でも少し複雑な思いがある。けれど、我々のデータが誰かの役に立ち、形を変えて残ると思うと、気持ちが楽になる」とジョンソンは語った。

だがそれは、混乱の末にたどり着いた1つのきれいな幕引きでもあった。会社は生き残れなかったが、業務の記録は残った。そして2026年の現在、その記録は実際に価値を生むものになりつつある。このデータの売却は特殊な事例ではなく、AI開発競争の新たな最前線を示している。

次ページ > AI研究所はインターネット上の公開データを2024年後半に使い切り、実務データに活路を求める

翻訳=上田裕資

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