サイエンス

2026.04.23 18:00

人類にかつて必要だった「親知らず」は、なぜ邪魔者になったのか

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さらに、ヒトの親知らずは、10代後半から20代初頭にかけての時期に生えてくることが多い。これは歴史的に見ると、大半の人が生殖行動を開始するころ、あるいは、生殖行動を開始した後の年代だ。歯があごに埋まって出てこない「埋伏歯」は、痛みを伴う深刻な問題だが、現代のような歯科医学が登場する前から、命を奪うような事態はまれだった。子どもを持つ前に親知らずで亡くなった、という例はほとんどない。ゆえに、率直に言ってしまえば、自然選択はこの問題についてはほとんど作用していないのだ。

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とはいえ、進化は徐々に進んでいる。生まれつき親知らずがない人の割合は、欧州では約9%だが、東アジアの一部では30%以上に達している。しかし自然選択は、世代から世代に伝えられるもので、個体の一生のあいだに働くものではない。健康に深刻な害が及ばない方向への進化には、端的に言って緊急性がないということだ。

この理屈で言うと、第三大臼歯が存在し続けるのは、役に立つからではなく、無くさなければならないほどのコストが判明しているわけでもないし、早期に発現するわけでもないからだ。

今後の進化によって、ヒトに親知らずが無くなる可能性は

親知らずは、進化におけるタイムラグを示す、明確な例だ。この歯は、何でも食べていたホモ属の先祖たちにとっては、まさに食生活に適応した構造だった。しかし、脳の拡大やあごの後退、そして食物消化の外部化という3つの要素からの圧力により、今では痕跡器官になってしまった。

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それでも、いまだに親知らずは残っている。無くしてしまった方が得策だと言えるような深刻な被害を、人生の重要な時期に及ぼすことはほとんどないからだ。

進化は、将来を見通すことはしない。生殖の後に生じる結果に対して、進化が最適化を行うことはできない。また、文化的変化に対応して加速することもできない。文化的変化とは例えば、調理や農業、現代の加工食品などの採用といったものだ。こうした文化的変化は、進化の時間スケールとはケタ違いのスピードで変化し、追い越していく。

これは私たちにとって、生物に内在する仕組みでは生じない選択圧を、時に臨床医学が提供する必要が生じる、ということを意味する。

あごが対応できなくなるほど急速に成長した脳は、ヒトにとって何よりも大切な臓器だ。一方、親知らずのせいであごが被る不具合は、しつこい炎症に悩まされる程度だ。歯痛は確かに辛いものだが、こう考えてみると、進化におけるある種の合理性を感じられるのではないだろうか。

forbes.com 原文

翻訳=長谷睦/ガリレオ

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