サイエンス

2026.04.23 18:00

人類にかつて必要だった「親知らず」は、なぜ邪魔者になったのか

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親知らずとヒトの脳のつながり

「生存に不可欠な適応の形から、抜歯の対象となる邪魔者へ」という第三大臼歯の地位低下が起きたきっかけは、進化の歴史でも有数の、人類に特徴的な出来事だった。すなわち、脳の容量の飛躍的な増大だ。

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脳頭蓋(脳を囲む骨格)が拡大するなかでも、頭蓋骨は一律に外側に拡大することはなかった。むしろ、自らの形を再構成していったため、これに伴って、周囲の構造も変化することになった。

1998年に発表され、その後の研究の礎となった『Nature』誌掲載の論文では、化石人類と現生人類の頭蓋について、放射線およびCTを用いた分析が行なわれた。その結果、現生人類であるホモ・サピエンスの頭蓋骨に特有の特徴(球状の頭蓋や、垂直に近い額の角度、眉弓[目の上の骨の隆起した部分]の消失、特徴的な引っ込んだ顔面)の起源は、形態的特徴に影響を及ぼす、たった一つの出来事にさかのぼることができる。それは、蝶形骨の長さの縮小だ。蝶形骨とは、頭蓋基底の中心にあり、ここを土台として顔が前方向に成長する骨だ。

これが歯並びに与えた影響は、構造的かつ直接的だ。ネアンデルタール人や、過去のホモ属の大半の種を含めて、現生人類以外のすべての哺乳類では、程度の差はあれ、顔面は、頭蓋の前面よりも前に突き出ている。しかし現生人類における顔面は、前頭蓋窩の下部にすっぽりと収まっている。このように顔面が引っ込んだことが、歯列弓(歯が並んでいるアーチ型の骨の構造)の短縮につながった。

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しかし、現生人類のゲノムは、4本の第三大臼歯を含め、上下32本の歯を生やすという、祖先から受け継いだ命令セットを今でも保っている。その結果、今や人類のかなりの割合を悩ませている、親知らずという構造上のミスマッチが生じた。

これは、ある生物の発達プログラムと、骨格の形状が、それぞれ相反する選択圧を受けて、別々の方向に進んだ際に何が起きるかを示す例だ。その結果生まれた親知らずが、歯科医が日常的に遭遇する症例となったわけだ。

消化を外部化し始めた人類

大臼歯の適応度を減少させる方向に働いた力は、あごと脳のトレードオフだけではない。2016年に『Nature』誌に掲載された研究で考察されているように、ホモ属のこの進化に関しては、長きにわたり疑問視されてきたもう一つのパラドックスがある。

具体的に言うと、ホモ・エレクトスの時代までに、ホモ属の脳と体はかなり大きくなり、その結果、1日あたりに必要になるエネルギー量も増していった。それなのに、同時に、この時期までに、咀嚼を担う器官のサイズは小さくなっていった。臼歯は小さくなり、咀嚼に使われる筋肉の力は弱くなり、咬合力の最大値も下がっていったのだ。

この現象に関する標準的な説明は、私たちの先祖が、このころに調理を始めたに違いない、というものだ。しかし、制御された火の使用に関する考古学的なエビデンスは、約50万年前までが限界で、それ以前には信頼できるものが存在しない。これは、咀嚼に関する形態の変化が起きてからかなり後の話だ。

このパラドックスを解決しようと、前述した2016年の研究論文の著者たちは、あごの筋肉に関する制御された実験を複数回行なった。これらの実験で被験者たちは、肉と根菜――具体的にはサツマイモ(Ipomoea batatas)、ニンジン(Daucus carota)、ビート(Beta vulgaris)――を、定量摂取した。研究チームは実験の中で、咀嚼周期と力の生成の数値化に重点的に取り組んだ。

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翻訳=長谷睦/ガリレオ

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