地下1600メートルで稼働する超小型原子炉の構想と資金
2022年、いつもの散歩の途中で、ミュラー親子は原子力スタートアップ「Deep Fission」の構想を思いついた。その仕組みは驚くほどシンプルだ。まず、直径30インチ(約76センチ)の縦穴を地下1マイル(約1600メートル)まで掘る。そこに水を満たし、超小型の原子炉を入れる。原子炉は穴の底で水を沸騰させ、その蒸気を別のパイプで地上に送り、蒸気タービンを回す仕組みだ。縦穴1本あたりの発電能力は15メガワットで、約1万2000世帯分の電力をまかなえる。こうした穴を70本並べれば、出力1ギガワット級のAIデータセンターも動かせる。
しかも、実用化できれば発電コストは低く抑えられる見通しだ。ミュラー親子の試算では、1キロワット時あたりのコストは約6セント(約10円。1ドル=159円換算)になるという。原子炉を地下深く、地上の160倍の圧力がかかる環境に置くことで、従来の原発で必要だったコンクリート建屋や分厚い鋼鉄製の圧力容器が不要になり、発電所の建設コストの約80%を削減できるためだ。「我々は、水の重みを使って原子炉に同等の圧力環境をつくろうとしている」とリチャードは説明する。
米エネルギー省は2025年8月、Deep Fissionを「原子炉パイロットプログラム」の対象企業10社の1つに採択した。この制度は、建設が容易な次世代の小型原子炉の実証を迅速に行うためのものだ。「データセンターの電力需要が急増していることを受けて、新しい発想が必要になった」と、同省で原子力を担当するリアン・バーラン副次官補は語る。他の原子炉もそれぞれに新しさはあるが、いずれも従来型の地上設置モデルを踏襲したものだ。
Deep Fissionは、これまで1億2200万ドル(約194億円)を調達しており、直近の資金調達時のポストマネー評価額は10億ドル(約1590億円)だった。CEOを務めるリズは同社株の19%を保有し、最高技術責任者(CTO)のリチャードは10%を持つ。ビリオネアでパランティア共同創業者のジョー・ロンズデールが率いる8VCは8%を保有している。
ミュラー親子は2026年中に追加の株式を売り出し、研究開発費に加え、8400万ドル(約134億円)を投じる試験用原子炉の費用を賄いたい考えだ。その狙いは、試験炉の開発を進めるとともに、核分裂の連鎖反応が自力で続く「臨界」に到達することにある(トランプ政権は、7月4日までに新たな原子炉3基を臨界に到達させる目標を掲げているが、親子はその目標については確約していない)。
2027年の商用化を目指し、カンザス州で試験炉の掘削開始
それでも、米原子力規制委員会(NRC)から迅速な認可を得られれば、Deep Fissionは2027年に、米エネルギー省の支援を受ける他の原子炉スタートアップに数年先行して、商用電力の販売を始めたい考えだ。競合には、時価総額が83億ドル(約1.3兆円)のアイダホ国立研究所に初の原子炉を建設中のOkloや、1億3600万ドル(約216億円)を調達し、同じくアイダホで建設を進めるAalo Atomics、ユタ州に建設する原子炉向けに1億5000万ドル(約239億円)を調達したValar Atomicsなどがある。Kairos Powerはテネシー州オークリッジで建設中の原子炉から電力を販売し、グーグルのデータセンター向け電力の一部を担う計画だ。
Deep Fissionが最初の試験用ボアホール(地下深くまで掘り下げた縦穴)を掘っているのは、米カンザス州の人口9400人の町パーソンズだ。現場は、第2次世界大戦中に弾薬生産に使われていた1万4000エーカー(約5660万平方メートル)のグレートプレーンズ産業公園の敷地内にある。連邦政府は14年前、この土地を官民連携組織に引き渡した際、原子力関連を含む重工業用地として用途指定するよう求めていた。
Deep Fissionは、直径30インチ(約76センチ)のボアホールを地下1マイル(約1600メートル)まで掘り進め、そこに濃縮度5%の標準的なウラン燃料集合体4基を収めた原子炉用キャニスター(筒状の格納容器)を吊り下ろす。中性子を吸収する制御棒を遠隔で引き抜くことで原子炉を起動し、核分裂の連鎖反応を加速させる仕組みだ。放射性物質を扱う領域は穴の最下部に隔離されているため、地上に立ち上る蒸気に危険はない。この閉ループ型のシステムでは、冷えて水に戻った蒸気を再びボアホール内に戻すため、水の使用量も抑えられる。「これは、考え得るなかで、ほぼ最も単純な原子炉だ」とリチャードは説明する。


