医療制度の財政逼迫が強まるにつれて、MAIDは、トリアージ(治療する患者の優先順位の設定)を行うための、そして当該患者の苦痛を和らげられる「賢明な方法」というふうに見なされるかもしれない。かつては死の間際にある患者のために用意されていた選択肢は、今後ますます多くの人に提示されるようになる可能性がある。
政府が医療制度を運営する国々で、MAIDによる死亡者数が着実に増えているという事実は、少なくとも、財政的なインセンティブや構造的なインセンティブが終末期ケアをどう方向づけているのかについて、真剣な精査を促してしかるべき動向だ。
米国の医療制度はカナダとは違うものの、米国でも連邦政府、州政府、地方自治体が負担する医療費の割合はだんだんと上昇してきている。これまでにニューヨーク州やカリフォルニア州、オレゴン州を含む13州と首都ワシントンで、医療幇助による死を認める法律が制定されている。
だとすれば、米国の当局も近いうちに、カナダや欧州の当局が直面しているような圧力を少なからず受け始めるかもしれない。
命の終わりに関する決断はこの上なく個人的なものだ。それはあくまで患者本人と家族、医師が下すべきものであり、医療の提供を差し控えればメリットがあるかもしれない政府や公的機関が関与すべきものではない。


