ザンダーにそのことを伝えると「本当に幸運に恵まれたのだ」と謙遜したが、理想のピノノワールを求めて作り込んだこの一樽がなければ、現在のザンダー・ソーレンはなかったかもしれない。
ワインづくりに魅せられた彼は2013年、ワインメーカーのシャリニ・シェイカーと出会うと、彼女と二人三脚で理想のワインづくりを始めた。ウィリアムズ・セリエム、スタッグスリープ、ROARといった名門ワイナリーを渡り歩き、2015年のサンフランシスコ国際ワインコンペティションで26ヵ国・5000種の中から最優秀ワインメーカーに選ばれた人物だ。
実はワインづくりの前、彼女はコンサートフルート奏者であり、大学で音楽理論を教える教授でもあった。音楽への愛情が二人を結びつけたとも言える。
そして2023年4月、Xander Soren Winesはいよいよ日本を皮切りにブランドをローンチし、本格的なワイナリーとして一歩を踏み出した。最初のイベント会場はパーク ハイアット東京。
米国ではなく、日本こそが最初に自分たちの作品を提供する場だと考えているからだ。そして、その姿勢は今も変わっていない。
カリフォルニアとフランスの逆転現象
日本のシェフやソムリエに「日本料理に合うワインは?」と聞けば、返ってくる答えはほぼ決まっている。ブルゴーニュのピノノワールだ。
出汁の繊細さ、鮨ネタが持つ繊細な味わいや、細かな包丁が引き出す上品な味わい。それを覆い隠さず引き立てる酸とミネラルを引き出せるワインは他にはないと多くの人が感じている。
「では、カリフォルニアのピノノワールはどうか」と問うと、多くの場合、反応が鈍くなる。果実味が強すぎ、甘みの強さが飲みやすさにも繋がるが、パワフルすぎて日本食の良さを損いやすい。
しかしザンダーは、そうしたステレオタイプな考え方をしなかった。
カリフォルニアの沿岸部、特に東西に開けた地形を持つサンタ・リタ・ヒルズなどのエリアは、寒流が流れ込む冷たい太平洋の風が内陸まで直接吹き込んでくる。海の影響が強い冷涼な気候は、酸のしっかりとしたエレガントなピノノワールを生むと考えていた。
樽の使い方も典型的なアメリカワインとは異なり控えめにする。新樽の使用は最大でも20%以内に抑え、収穫はアルコール度数が上がりすぎないよう早めのタイミングで行う。仕上がりのアルコール度数は、どのボトルも平均13度前後だ。
さらに興味深い逆転現象がある。
気候変動によって内陸の産地であるブルゴーニュは年々ブドウが熟しやすくなり、アルコールが高くなるヴィンテージが増えている。一方、太平洋の冷涼な影響を常に受けるカリフォルニア沿岸は、今やブルゴーニュよりも冷涼で、日本食とも合いやすい低アルコールのピノノワールを産出するのに適した地域になりつつあるのだ。
フランスワインとカリフォルニアワインが対決した「ジャッジメント・オブ・パリス」から50年が経った。当時の話題はボルドースタイルの赤ワインだったが、半世紀を経て両者の関係性は大きく変化した。そして今、ブルゴーニュスタイルのワインにおいても、ワインの評価の座標軸は変化し始めているのかもしれない。


