地方紙への思い入れの原点は、ミズーリ州ワシントンの幼少期にある
ホフマンが地方の新聞に強い思い入れを持つようになった原点は、セントルイスから車で約1時間のミズーリ州ワシントンで過ごした幼少期にある。第二次世界大戦の退役軍人の父親は、中学までしか学校に通っておらず、牛乳配達のトラックを運転して家計を支えた。母親は孤児として育ち、ウェイトレスとして働いた後、地元の病院で新生児の世話をしていた。家に温水が通るようになったのは彼が高校に入ってからだが、彼はそれを「不利な条件ではなく、むしろ強みだった」と捉えている。
ホフマンを支えたのはスポーツだった。フットボールと野球の奨学金を得てノースイースト・ミズーリ州立大学に進学したが、けがで競技を続けられなくなり中退した。その後は工場で働き、干し草を束ねる仕事で学費を工面しながら、セントラル・ミズーリ大学に通った。取得した学位は、産業安全と労働衛生だ。卒業後は、ニューヨーク市の地下鉄車両を製造していたプルマン・スタンダードを含む複数の企業で働いた。
36歳のとき、ホフマンは自宅を担保に借り入れを行い、経営幹部の人材紹介会社DHRグローバルを立ち上げた。現在の彼は、ホフマン・ファミリー・オブ・カンパニーズを通じて125社超に出資している。投資先は、ミズーリ州のワイナリーやミシシッピ川のクルーズ事業、フロリダ州エステロのマイナーリーグのホッケーチームなど多岐にわたる。リーグの承認待ちではあるものの、NHLのピッツバーグ・ペンギンズの買収も進めている。「父はゼロから這い上がることがどういうことかを知っている。だからリスクを恐れない。父が築いてきた土台は、成功そのものではなく、自分が信じるものにある」と、家業の不動産事業を率いる息子のグレッグは話す。
新聞事業に乗り出すきっかけは、2021年に孫に会いに行ったこと
ホフマンが新聞事業に乗り出すきっかけになったのは、2021年にシカゴ北郊へ孫に会いに行ったことだった。孫は、ホッケーをしているヘンリーとジョージ、サッカーをしているアデレードの3人だ。今もスポーツの熱烈なファンであるホフマンは、試合の様子を新聞記事で読み、その写真も見たいと思ったのだった。だが、地元イリノイ州グレンビューの新聞「パイオニア・プレス」は、つい最近休刊していた。ホフマンは買収を検討したが、手遅れだった。解雇された社員はすでに各地に散り、設備も売却された後だった。「こんなことは間違っていると思った。そのとき、私は米国の小さな町の新聞を救う取り組みに乗り出すと決めた」と彼は振り返る。
ホフマンがメディア業界に初めて足を踏み入れたのはその1年後、2人の息子が彼の持ち株会社の共同CEOに就いた時期のことだ。彼はまず、フロリダ州フォートマイヤーズに拠点を置く「フロリダ・ウィークリー」を買収した。この新聞を創刊したガネット出身の業界のベテラン、パソン・ガディスは現在、ホフマンの非上場メディアグループでCEOを務めている。
その後ホフマンとガディスは、観光都市の新聞を次々と買い集めていった。2023年にはミシガン州の「マキノー・アイランド・タウン・クライヤー」、2024年にはカリフォルニア州の「ナパ・バレー・レジスター」、2025年9月にはコロラド州の「テルライド・タイムズ」、同年12月には「アスペン・デーリー・ニュース」を取得した。
オリジナルの地域報道を増やし、外部配信への依存を弱める
この構想のもう1つの柱は、オリジナルの地域報道を増やし、多くの地方紙に国内外のニュースを供給しているAP通信のような外部配信への依存を弱めることだ。ホフマンとガディスはまた、自社の新聞ブランドを活用して、RVショーや住宅・ガーデニング関連の展示会のようなイベントの開催にも関心を持っている。
「ミュージシャンが、レコード販売からライブへと軸足を移していったのと同様に、我々も、新聞ブランドへの信頼を生かして地域イベントの中心的な担い手になれる余地があると考えている」とガディスは語る。
ホフマンは、AIの影響を懸念していない。彼は、AIは一定の役割を果たせると考えている一方で、質が高く信頼されるジャーナリズムを置き換えることはできないと考えている。ガディスも同じ意見で、「我々は、AIを恐れるのではなく、どう収益化するかを模索している。デジタル化の流れは理解しており、そこに賭けていく」と話す。
全米の「ニュース砂漠」に少しでも多くの地域紙を行き渡らせる
全米の「ニュース砂漠」に少しでも多くの地域紙を行き渡らせたいと考えるホフマンは、9紙の買収に向けて覚書を交わしており、ほかにも複数の案件を抱えている。26億ドル(約4108億円)の純資産を持つ彼は、そのための十分な資金力を備えている。ホフマンは、自身に懐疑的な目が向けられていることを理解しているが、収益性を重視する姿勢に自信を見せている。
「このビジネスは、脳外科手術のような難しいものではない。我々は結果で評価されることが当然だと考えている」とホフマンは語る。自らも地方の町から成功をつかんだ経験を持つ彼は、米国の地方には今なお投資する価値があると信じている。


