起業家

2026.04.20 16:00

極貧の少年時代を経て、不動産ビリオネアが学んだ「6つの教訓」

不動産分野のビリオネア、デビッド・ワレンタス(Photo by Patrick McMullan/PMC via Getty Images)

(1)誰もが嫌がる仕事を引き受ける

農場で働いた経験があったワレンタスは、どんな仕事も見下さなかった。むしろ、他人が避けたがる仕事の中にこそ、チャンスを見いだしていた。ある夏、彼はグリーンランドにある米軍基地で、軍の汚水槽を清掃する仕事を引き受けた。「農場での経験が、その仕事には本当によく役立った。私は、汚水槽の中に飛び込んで、壁にこびりついた汚物を落としていた。それを1日10時間、週7日続けた」と彼は語る。

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ワレンタスによれば、こうした姿勢こそが自分を形づくってきた。彼は、居心地の悪さから逃げず、不快な状況の先にあるチャンスへ踏み込んでいく生き方を貫いてきたという。彼はその姿勢を、軍を離れた後に就いたSinger Corporationでの初期の仕事にも持ち込んだ。そこで彼は、オーストラリアや日本でエンジニアとして働くことを引き受けた。その後、不動産の世界でも同じ姿勢を貫いた。銀行が融資を渋るほど荒廃していたブルックリンの一角に、大きな賭けに出たのだ。

ワレンタスは自らの構想を実現する資金を集めるために、投資家から出資をかき集めなければならなかった。また、必要な行政許可を得るために厳しい用途地域変更の争いにも挑まなければならなかった。現在彼は、自身の信条である「No Guts, No Glory(度胸なくして栄光なし)」と刻まれたカフリンクスを身につけている。

(2)新しい世界との接点を求めれば、人生の軌道は変わる

バージニア大学でワレンタスが初めて手にしたのは、それまでの自分にはなかった「新しい世界との接点」だった。学生社交クラブに参加し、より恵まれた家庭に育った同級生たちと出会う中で、彼のものの見方は一気に広がった。

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「そこで出会った人たちが、私の人生観をすっかり変えた。あそこにいた学生たちは、みな中上流階級の出身で、名門私立校に通ってきた人たちや、スポーツ選手、学生自治会の役員ばかりだった。私にとっては、本当に人生を変える経験だった」とワレンタスは語る。

そうした環境は、彼の考え方を広げただけではなく、人生の進路そのものを変えた。ワレンタスがそこで出会ったのが、後にTwo Treesの最初の共同経営者となるジェフ・バイヤーズだった。バイヤーズは同社の成長で重要な役割を果たしただけでなく、現在では著名なアートコレクターとなったワレンタスをアートの世界へ導いた人物でもある。

(3)管理できない資産は持たない

ワレンタスが最初の投資をしたのは、休暇で米国に戻ったときだった。彼はシャーロッツビル近郊の農場付きの小さな家を3万ドル(約474万円)で購入した。書類上はうまくいく投資に見えた。家を貸し出して得る賃料収入で、住宅ローンの返済を賄える計算だったからだ。だが、ずさんな管理がその投資を危うくした。管理を任せた仲介業者が家賃を回収せず、物件を何カ月も空き家のまま放置したためだ。「あの物件は現在なら、おそらく2000万ドル(約32億円)の価値があるだろう」とワレンタスはフォーブスに語る。だが、彼はずっと前にその物件を手放した。「そこで得た教訓は、自分で管理できないのなら、持つべきではないということだった」と彼は語る。

それ以降、ワレンタスにとって「自身で管理できること」は投資戦略の中核になった。彼が築いた不動産会社Two Treesでは、保有する物件はすべて自社管理の体制を徹底している。

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翻訳=上田裕資

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