自信満々に振る舞う人と、静かに淡々と進む人。どちらが「強い」かは一目瞭然に見える。しかし、2005年のドイツ連邦議会選挙の夜に起きたある出来事は、その常識を揺さぶる。ドイツ・ミュンヘン大学で博士号を取得し、経営とコミュニケーションを長年研究してきた作家・マティアス・ネルケ氏の著書『私を消耗しない賢明な態度』(サンマーク出版)から、一部抜粋・再構成してお届けする。
「はっきりハキハキ」だけが勝ち筋じゃない
2005年9月、ドイツ連邦議会選挙当日の夜、当時の首相ゲアハルト・シュレーダーは、満面の笑みをたたえてテレビ局のスタジオに座っていた。
重鎮中の重鎮である政治家たちが参加する、いわゆる「象の円卓会議(エレファント・ラウンド)」だ。
SPD(社会民主党)と緑の党との連立政権が過半数を割り、彼は敗北を受け入れなければならなかった。
とはいえ、世間の期待や世論調査で予測されていたほどには、劇的な負け方ではなかった。
ライバルのアンゲラ・メルケルが、FDP(自由民主党)と組んで政権を取るにはおよばず、果たして、メルケル所属のCDU(ドイツキリスト教民主同盟)とCSU(キリスト教社会同盟)の統一会派とSPDの大連立政権が成立することになった。
選挙で勝ったのはCDUとCSUの統一会派。だから、首相はそこから立てる。
それが慣例だ。
ところがシュレーダーは、彼にとっては好ましくない事実を無視して、自らの勝利を宣言することに決めたのだった。
だれもがあっけにとられたのは、彼が聴衆に伝えたこの言葉だ。
政権を安定させられるのは、私のほかにいないのは明らかだ、私のほかにはだれにもできない、と。
「だれが首相になるべきか、国民ははっきり答えを示している」とシュレーダーは断言した。
「首相になりたがっているメルケルさんが提案している会談に、我が党が応じると、本気で思っているのですか?」
その言葉は、こんなような意味だったのだろう。
選挙結果がどうであれ、国民が首相になってほしいと思っているのは自分であり、メルケルではない。
権力に別れを告げるのに、もっと洗練されたやり方もあったはずだ。
多くの人はシュレーダーの姿を恥と感じた。あるいは、当時の妻ドーリス・シュレーダー・ケプフも感じていたように、少々騒ぎすぎではないかと思った。
シュレーダー自身も、後日、「あの態度はよくなかった。自分でもわかっている」と述べている。



