彼の気質からすれば、異例の自己批判だった。
シュレーダーは首相として、多くの資質を備えていたのであろうが、アンダーステイトメントはその中には入っていなかった。
大きく見せて傷を負う者
話を2005年に戻そう。
5月、SPDは、地元ノルトライン=ヴェストファーレン州(州都はデュッセルドルフ)の州議会選挙で惨敗した。
選挙当日の夜、当時の党首フランツ・ミュンテフェーリングは、これまでの赤(SPD)と緑(緑の党)の連邦政府に対する市民の信頼はもはや認められない、そのため、秋に連邦議会選挙を前倒しでおこなうべきだ、と主張した。
通常であれば、選挙は1年後に実施されるはずだった。
政府は、国民からはもはや「信頼されていない」と自ら宣言した。
来年の選挙に勝利して、予定されている政府改革「アジェンダ2010」の実現を目指し、それまでに国民の信頼を取りもどす、というつもりはないようだ。
新聞はネガティブな記事を書きたて、世の中の雰囲気もどん底だ。
そんな今、どうしても選挙を実施したいのだ。
政権が、自ら再任されないような選挙を懇願することがあるのだろうか? 野党にとってはより有利な選挙になるのだろうか?
事態は少しばかり違っていた。シュレーダーはもう一度、選挙のリングにあがり、熱戦をくりひろげた。
自信に満ちあふれたシュレーダーは、ドイツを確実に未来へ導く強力な指導者として振る舞った。
実際にはチャンスがほとんどなくても、彼は自信たっぷりの印象を与えた。選挙キャンペーンのキャッチフレーズは「ドイツに信頼を」。
まさに追いつめられて打って出たのだろう。何しろ政府自ら表明しているように、ドイツ国民の信頼を失ってしまったのだから。
率直に言えば、シュレーダーは自分を大きく見せようとしてまたもや「ほらを吹く」ことにした。
それに対してメルケルは、勝者として、冷静に、淡々とした姿を見せた。
今日にいたるまで、メルケルは熱弁をふるわない。当時は今よりもっと少なかった。
統一会派のCDUとCSU(ドイツキリスト教民主・社会同盟)が期待されているほど票数を獲得できなかったことを、特徴のなさすぎる女性首相候補者のせいにする人は大勢いた。
テレビジャーナリストのニコラウス・ブレンダーによれば、CDU党本部に何人かの政治家が集まり、メルケルを「片づける」ために会合が開かれたということだ。
ゲアハルト・シュレーダーは「この状況で」自信が膨らみすぎてほとんど身動きがとれなくなっていた。


