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2026.04.15 16:15

平和への問いが閉じない場所─広島平和記念公園 | 宮田裕章の辺境未来論 第5回

「最大多様」の幸福

広島の空間が告げているのは、単に戦争の悲惨さだけではない。少数の犠牲をより大きな正義のために容認する思考の危うさそのものである。『最大多数の最大幸福』という功利主義的な論理の倫理的限界は、あの閃光の下で剥き出しになった。

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遺品の靴一足、弁当箱一つが、統計に還元できない一人ひとりの不可替性を突きつける。あの空間が開いているのは、単一の正義による統制への根源的な懐疑であり、「最大多数」ではなく「最大多様」の幸福を志向する社会の起点である。核兵器の使用は絶対に許されないという「閉じるべき問い」を確定させた上で、では私たちはその隔たりをもったままいかにして共に生きるのかという「閉じない問い」に向き合い続ける。

現代において、この空間での体験は、修学旅行の定型句やSNSの言葉に回収され、消費される危うさを孕んでいる。だが、それを単なる浅薄な消費だと切り捨てるべきではない。多くの人は、まずその初歩的な定型句からしか追悼の言語を立ち上げられない事実もあるからだ。

重要なのは、そこで立ち止まらないことである。一度の訪問で「わかる」場所ではない。生きている時間のなかで変容し続ける空間と、変容し続ける自分との間で、何度でも認識の崩壊を引き受け、そのたびに異なる問いを立ち上げる。

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丹下の意図、政治的抑圧の傷跡、自然の無関心。そして、それらの力学のなかで平和への問いを手放さず、空間の意味を更新し続けてきた広島の人々の営為。さまざまな力が拮抗するこの空間は、私たちに「未解決の緊張」を保持し続けることを要請している。平和とは、矛盾の消去ではない。理解しきれない歴史と、埋まりきらない隔たりを抱えたまま、なお向き合い続けることでしか保たれない。

文、写真=宮田裕章

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宮田裕章の「辺境」未来論 ──Resonant Regions

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