この知見を踏まえると、夢の進化をめぐる議論は多層的なものになる。夢は、脅威をシミュレーションし、それにより行動の備えが強化される可能性がある。また、睡眠には記憶を固定するはたらきがあり、それが私たちの学習と予測の能力を高めている。そうした処理が重なりあう場所が夢なのかもしれない。
とはいえ、そうした主張を誇張したくなる誘惑に抗う価値はあるだろう。この説がどれほど洗練されたものであっても、具体的な夢の内容と、現実世界でのパフォーマンスの向上とを結びつける直接的な証拠は、いまだ限定的なものにとどまっているからだ。
夢をめぐる不都合な真実──本当のところはまだわからない
方法論的な点から言えば、夢は研究が難しいテーマだ。夢は、そもそもの性質として主観的なものだ。分析は自己申告頼みだが、たいていは、目が覚めたあと不完全にしか思い出せない。そのため、ほかの生物学的現象と同様の精度で夢を研究するのは難しい。
さらに、夢の進化をめぐる説は、直観的には訴える力があるものの、そこには極めて重要な限界が一つある。どの説をとってみても、夢を見るという現象を完全には説明できないのだ。
脅威シミュレーションに関する2006年の研究は、これまでに得られているものとしてはかなり強固な証拠の一つだが、その研究でさえ、いくつかの矛盾点が浮き彫りになっている。著者らが述べているところによれば、現実的な生存に関係するシナリオが描かれている夢は15%に満たなかったという。そのうち、「ハッピーエンド」と見なされる結果になったのは17%にすぎなかった。残りは、脅威が(夢のなかで)現実になって終わるか(40%)、目が覚めて終わるか(37v)のいずれかだった。
言い換えれば、夢のなかで脅威に適切に対応した場合でさえ、夢を見ている人がその脅威から無事に逃げおおせるケースは珍しいということだ。そうした知見は、総合的に見ると、脅威シミュレーション説を裏づけているとも、裏づけていないとも言えない。夢は、確かに驚くほどの頻度で危険をシミュレーションしているようだが、そのシミュレーションは不完全であり、非現実的なかたちをとるケースが多いのだ。


