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2026.04.16 12:00

混迷のイラン情勢──誰が中東に核兵器を持ち込むか、持ち込まれる可能性はあるのか

2026年2月26日、イランのテヘラン。画像中央の煙突状のものと、その直下にある半球状の建築物は、イラン原子力庁(AEOI)傘下のテヘラン原子力研究センター(TNRC)。研究炉(TRR)で知られる(Photo by Morteza Nikoubazl/NurPhoto via Getty Images)

パキスタンがサウジアラビアのために核兵器を配備するとの憶測

数十年にわたり、特定の状況下でサウジアラビアを支援するために、パキスタンが自国の核爆弾の一部を配備し、中東に追加の核兵器を持ち込む可能性があると推測されてきた。

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2025年9月、イスラエルが前例のない措置としてハマスの政治指導者を空爆で標的にした後、リヤド(サウジアラビア)はイスラマバード(パキスタン)と軍事防衛協定を締結した。この動きは即座に、これによりサウジ王国が技術的にパキスタンの核の傘の下に入ったのかという疑問を呼んだ。

ラビア・アクタルによるベルファー・センターの分析はこの見方を精査し、過去のパキスタンの防衛協定には核の保証が含まれておらず、今回だけが異なると考える理由はないと指摘した。

「協定に書かれている内容のどこにも、パキスタンの対インド中心の核ドクトリンが、魔法のように中東の傘へと変わる要素はない」とアクタルは記した。「イスラマバードが、リヤドのために戦略戦力の照準をイランやイスラエルへ付け替えたという証拠はない」。

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同月、王立統合軍事研究所(RUSI)のティム・ウィラシー=ウィルシーによる分析は、サウジアラビアがパキスタンの核開発計画に資金援助してきたと指摘した。そして、サウジアラビアが脅かされた場合、パキスタンがこれらの兵器の使用を提供するという了解があった。

「合意の詳細は常に不透明だった」と彼は記した。「2010年に筆者がその内容の一端を知ったのは、パキスタンの航空・地上クルーを搭乗させた核搭載航空機2機(当時はおそらくミラージュIII)が、危機の際にサウジ側の裁量で使用できる状態に置かれるという情報に接したときだ」。

ウィラシー=ウィルシーはさらに、「サウジアラビアのためにパキスタンで製造された核兵器が、今や配備準備完了の状態で待機している」と報じた2013年11月のBBCの報道についても、「大筋では信憑性がある」と付け加えた。

パキスタンが交渉の場を提供することでイラン危機の緩和に貢献している現状は、こうした歓迎されざる、そして潜在的に破滅的な結果を回避したいという思いに、部分的には根差しているのかもしれない。

冷戦期には、ソ連がシリアとエジプトに核兵器を提供するとの懸念が繰り返し浮上

当然ながら、冷戦期には中東への核兵器移転に対する恐れが繰り返し存在した。

1984年、当時のシリア国防相ムスタファ・トラスは、独誌デア・シュピーゲルに対し、目を引く発言をした。イスラエルがシリアとの紛争で核兵器を使用した場合について、彼は「ソ連は、そのような状況では、壊滅的な打撃に応じ得る核兵器を我々の自由に委ねると保証している」と主張した。

1985年10月、トラスはアラブ首長国連邦のアル・イティハード紙に対してこの主張を繰り返し、「我々シリアにはボタンを押すだけの勇気がある」と宣言した。ソ連当局者は、これらを「まったくのナンセンス」として退けただけだった。

1973年10月の第四次中東戦争(アラブ・イスラエル戦争)の直後、米国は、戦争の最中にソ連がエジプトへ核弾頭を移動させた可能性があると考えるようになった。同年11月、ニューヨーク・タイムズは、ワシントンが、モスクワが戦闘の最中に兵器を搬入し、いくつかを自らの管理下で現地に残した可能性があると疑っていたと報じた

それから数十年後の2016年、機密解除されたCIA文書により、ソ連が船でエジプトへ核兵器を運んでいるとの情報を受け、米国が戦争中にDEFCON IIIの高警戒態勢に入ったことが明らかになった


いずれかの国が核弾頭をイランへ移転するかもしれないという現在の懸念は、過去の多くの懸念と同様、最終的には杞憂に終わる可能性がある。いずれにせよ、その可能性が取り沙汰されているという事実自体が、もともと恒常的な不安定さで悪名高いこの地域において、現在の状況がどれほど危ういものになっているかを浮き彫りにしている。

そして次に何が起きるのかを示唆する、適切な歴史的前例は存在しないのかもしれない。

forbes.com 原文

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