3. 頻繁に話しても自分の存在が無視されているように感じる
頻繁なやり取りを、質の高いやり取りと混同することはよくある。多くの人は、友人関係に不安を感じても「いつも話しているから大丈夫」と不安を軽く扱う。表面的には、それは良い友情の証のように見える。だが、やり取りの質がある重要な心理的概念、つまり知覚された応答性に大きく左右されることを認識している人はほとんどいない。
心理学において応答性とは、相手の返答を通じて自分が耳を傾けてもらえている、理解されている、気にかけてもらっていると感じられる度合いを指す。「ああ、それはお気の毒に」「うわ、大変そう」などと言ってすぐ話題を変える友人と、注意深く聞いていたことがうかがえる質問をする友人との間には差がある。あなたがストレスの多い締め切りを抱えていたことを覚えていて、その経過を尋ねてくれる人と、翌週にはそのことをすっかり忘れてしまっている人は大きく違う。
専門誌『Current Opinion in Psychology』に2015年に掲載された研究では、応答性は以下のような親密な関係に求める要素を結びつけるものであることが示された。
・打ち明けられる人
・共感を持って耳を傾けてくれる人
・必要なときに支えてくれる人
研究では、これらは良い友情や恋愛関係を構成する別々の要素ではないことが明らかになった。そうではなく、根底にある1つの資質の現れだ。そしてその資質が欠けていると、どれだけ頻繁に会話していても中身のないものに感じられる。
ここで往々にして非相互性が最も明確に現れる。友人は自分の話ばかりする。あなたの生活について掘り下げるような質問を一切せず、たとえしたとしても、その答えを真剣に聞き、記憶に残そうとしたり、関心を持とうとしたりする様子はない。あなたが大切なことを話しても、相手は形だけの返事をしてすぐにまた自分の話に戻る。あなたはいつも話しているのに、相手に真剣に聞いてもらえることはほとんどない。
頻繁に連絡を取り合っているにもかかわらず、まるで存在を無視されているかのように感じる。この現象は大人の友情において致命的なものになることが多い。なぜなら、それは友情の根幹を揺るがすものだからだ。私たちが必要とするのは単に話相手ではなく、自分という人間に積極的に関心を寄せてくれる人、つまり自分を称えてくれ、自分の言葉に耳を傾けてくれ、ありのままの自分を見守ってくれる人なのだ。
友情にこうした種の相互性が欠けていても、必ずしも友情がすぐに終わってしまうわけではない。テキストは送られ続け、一緒に過ごす予定も立てられるかもしれない。だがやがて、関係はますます空虚なものに感じられるようになる。そしてある日、自分が受け取る以上に与え続けているという重荷が、もはや無視できないほど大きくなっていることに気づく。


