健全な友情において、常に厳密に50対50のバランスが保たれるということは決してない。人生にはさまざまな出来事がある。一方がより多く与え、より多くを担い、より多くのものを必要とする時期もある。だが一時的な不均衡と構造的な不均衡には大きな違いがある。
いつも連絡を取り、話を聞き、支えるのがいつも同じ人で、もう一方はいつも何か問題を抱えているように見え、少し忙しく、何かをしてもらう側であるとしたら、その関係はやがて搾取的なものに感じられ始める。この関係の悪化を引き起こす原因は一見目立たない習慣だ。それが長く放置されると友情を壊してしまう。その習慣とは「非相互性」だ。
長年友情が続いており、その友人が周囲からも好かれていて、誰に対しても「いい人」であるにもかかわらず、なぜかその友人に対して説明のつかない苛立ちを感じたことがあるなら、その原因は非相互性である可能性が高い。心理学研究に基づき、非相互性が友情に影響を及ぼしている3つのサインを解説する。
1. 交流がゼロサムになっている
友情で最初に崩れ始めるのは、相手がどのようにあなたに接するかだ。まったく連絡してこない人は一方的であることが明白なため、簡単に「悪い友人」と判断できる。だからこそ、やり取りが完全に一方的ではないにもかかわらず、友情が有害なものに感じられ始めたとき、人は混乱しがちで、罪悪感さえ抱く。友人は確かに連絡をくれるし、定期的に会話もしている。交流はある。では何が問題なのか。このような場合、多くの人が気づかないのは、ゼロサム型の交流も一方的な関係と同じくらい傷つける可能性があるということだ。
例えば、ひどい一日を過ごして愚痴を聞いてほしい時にテキストメッセージを送ってくる友人がいるとする。あなたはFaceTimeで1時間話を聞く。そして2週間後に今度はあなたがつらい状況に陥って連絡すると、相手は同情の言葉を少し返した後、すぐに話題を自分のことに向ける。そうした友人は自分が支えを必要とするときに連絡をとってきて、あなたが支えを必要とするときには静かになる。
あるいは、都合のよいときだけ「容赦無く正直」な友人を思い浮かべてほしい。あなたの恋愛における危険信号をあっさり指摘したり、あなたが敏感すぎると言ったりする。だが自分が明らかに間違ったことをしているときには、突然批判ではなく支持を求める。そうした友人の正直さは場合によってまちまちで、自分に都合の良いときだけだ。
どちらの場合も交流はある。だが重要なのは、それが常に相手に有利に働くという点だ。専門誌『Social Science Research』に2009年に掲載された研究では、友情における相互性は、単に友人の数や連絡の頻度が高い以上に、社会的支援を示す最も重要な指標の1つだ。
研究者たちは全米青少年健康縦断調査のデータを用いて、相互的な友情が学校への帰属感の強さと関連し、それが学業成績を独立して予測することを明らかにした。この研究が示しているのは、重要なのはやり取りの量ではなく、そのやり取りが双方にとって有益かどうかだということだ。
この相互性が欠けている場合、頭より先に身体がそれに気づく。刺激的であるはずの会話がストレステストのように感じられるようになる。やり取りの後、元気を取り戻すどころか消耗した気分になる。やがて原因がはっきりしないまま不満が募っていく。そして明確に悪いことが起きているわけではないため、その友情に疑問を持つことに罪悪感を抱くこともある。
しかしその仕組みは単純明快だ。常に何かを得るより多くのものを犠牲にする関係は重荷に感じられる。



