経営・戦略

2026.04.11 20:37

「バイオプラスチック」の落とし穴──ビジネスリーダーが知るべき真実

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廃棄物を堆肥化可能なバイオプラスチックへと転換し、循環型経済の構築とプラスチック汚染の終焉を目指すUkhiのCEO兼共同創業者、Vishal Vivek。

プラスチック業界に少しでも身を置くと、落ち着かない現実が見えてくる。混乱の大半は素材そのものではなく、それを説明するために使う言葉にあるということだ。

「環境に優しい」「生分解性」「バイオベース」「堆肥化可能」といった言葉は安心感を与える。進歩の感覚を伝え、責任ある姿勢を示しているようにも見える。だが実際には、多くの場合、明確にする以上に混乱を招いている。

私は一般的な形でこの業界に入ったわけではない。もともとはデジタルサービス事業を立ち上げ、売却した。その後プラスチックや素材の領域で仕事をするようになり、真っ先に感じたのは、あらゆるものがちぐはぐだということだった。サプライチェーンや政策、そして何より言葉がそうだった。

すぐに明らかになったのは、問題がイノベーションの不足ではないという点だ。システム思考の欠如なのである。

言葉が現実を追い越すとき

この業界で使われる言葉の多くは、もともと科学に由来する。だがいつの間にか、マーケターに取り込まれてしまった。

例えば「生分解性(biodegradable)」という言葉。響きは良い。責任ある印象を与える。だが本当に考えてみると、3つの基本的な疑問が浮かぶ。分解するにはどのような環境が必要なのか。分解にはどれくらい時間がかかるのか。そして、分解した後に何になるのか。

多くの場合、答えは不明確か、非現実的である。

いわゆる生分解性素材の多くは、現実世界には存在しないような特殊で非現実的な条件──温度、湿度、微生物群集──を必要とする。さらに、仮に生分解が進んだとしても、自然に還るのではなくマイクロプラスチックへと分解される傾向がある。

根本的な問題は、表示(ラベル)が実際の成果の代わりになってしまっている点にある。

その結果、企業も消費者も、素材が使用後に実際にどうなるかではなく、素材の名前に基づいて意思決定を行っているのだ。

政策だけでは解決しない理由

世界各国の政府は、使い捨てプラスチックの禁止や規制で対応してきた。こうした政策は善意に基づくものである。目に見える汚染、逼迫する廃棄物処理システム、そして高まる世論の懸念に対処するために設計されている。

しかし多くの場合、システムではなく素材に焦点が当たりすぎている。

ある種類のプラスチックを別の種類に置き換えたからといって、その製品が自動的に持続可能になるわけではない。多くの場合、問題を別の場所に移すだけである。

私はこの傾向をインドで明確に目にしてきた。生分解性素材と堆肥化可能素材を区別しようとする動きがある。これは正しい方向への一歩だ。しかし、この点ではまだ道のりは長い。例えば、生分解性の主張は検証が難しく、堆肥化可能素材も実際に分解させるためのインフラが欠けていることが多い。

堆肥化可能な製品が埋立地や屋外環境に捨てられれば、通常のプラスチック製品と同じ挙動を示す。

これは、製品、インフラ、規制という3要素の整合が欠けているために、善意が良い結果につながらない典型例である。

すべての「バイオプラスチック」が同じではない

混乱の大きな原因の1つは、異なる言葉が互換的に使われていることだ。

バイオベース(biobased)とは、素材の由来を指すにすぎない。炭素が植物などの再生可能資源に由来することを意味する。しかし、ライフサイクルの終末でどうなるかは示さない。バイオベースのプラスチックは、化石由来のプラスチックと同じ長期的影響をもたらし得る。

生分解性(biodegradable)は響きは良いが、最も誤解を招きやすい言葉でもある。理論上、十分な時間さえあれば、従来型プラスチックでさえ何でも生分解する。生分解性の問題は、完全に生分解するのか、どれほど時間がかかるのか、終わったときに何が残るのかを示さない点にある。

堆肥化可能(compostable)は、最も正確で、多くの意味で最も重要な用語である。一定期間内に二酸化炭素、水、バイオマスへと分解することを意図した素材を指す。だがここにも落とし穴がある。堆肥化可能素材の多くは、分解のために工業用の施設を必要とする。そうした施設がなければ、環境上の利点は限定的だ。

ここから得られる教訓は、これらのラベルのいずれも、それだけで持続可能性を保証するものではないということだ。

十分に語られないマイクロプラスチック問題

見落とされがちな重要な区別は、「分解(breakdown)」と「消失(disappearance)」の違いである。

「グリーン」や「生分解性」をうたうプラスチックを含め、プラスチックは本当の意味では生分解しない。より小さな断片へと砕けていき、マイクロプラスチックと呼ばれるレベルに達すると、環境中にも私たちの体内にも残り続ける。

実際、より速く分解するよう設計された素材が、かえってこの問題を悪化させる場合もある。

つまり重要なのは、素材が何をするよう設計されているかではなく、実際の現場で何をするか、そしてそれが視界から消えるのか、それとも単に私たちの意識から消えるだけなのか、という点である。

もちろん、生物に摂取されることを想定した素材など、機械的な力で砕けるのではなく、生体によって消費されるよう設計された新しく刺激的な開発もある。だがここでも文脈が重要だ。分解は環境条件に左右され、どんな素材も周囲のシステムから切り離されて存在することはない。

持続可能性はビジネスとして成立しなければならない

私が目にする最大の誤解の1つは、企業は正しいことだからという理由だけで持続可能な素材を採用するはずだ、という思い込みである。

現実には、倫理だけで大規模な普及が進むことはほとんどない。経済性が動かすのだ。

当初私は、持続可能な代替品が従来のプラスチックより20%でも高ければ、決してスケールしないと確信していた。せいぜい、ブランディングやコンプライアンスのために限定的に採用される程度だろう。しかし、それがデフォルトにはならない。

その考えが、私たちの問題への取り組み方を形づくった。

より良い素材をどう作るかを問うのではなく、より良いシステムをどう作るかを問うた。環境価値と経済価値の両方を提供できるシステムである。サプライチェーンを見直し、農業廃棄物の排出源と直接連携することで、投入コストを大幅に下げることができた。

その結果、場合によっては従来のプラスチックよりも安価な堆肥化可能パッケージングのソリューションが実現した。

採用が変わるのはその瞬間だ。持続可能性がビジネスの論理と一致すると、それはトレードオフではなくなり、デフォルトの選択肢になる。

ラベルからシステムへ

ビジネスリーダーにとって最も重要な転換は、素材が何と呼ばれているかを問うのをやめ、そこに何が起きるのかを問うことだ。

自社が事業を行う市場において、使用後はどうなるのか。完全に生分解するのか、それとも断片化するだけなのか。処分を支えるインフラはあるのか。問題を解決しているのか、それとも別の場所へ移しているだけなのか。

持続可能性は素材の性質ではない。システムの性質である。

真のインパクトは、より良いラベルからは生まれない。素材が日常生活の中で実際にどのように使われ、どのように処分されるかに整合する製品を選ぶことから生まれる。

結局のところ、自然はラベルに反応しない。結果に反応するのだ。

forbes.com 原文

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