経営・戦略

2026.04.10 18:23

戦略の複雑さが企業を蝕む──ハーバード教授が説く「価値の棒」理論

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絶え間ない技術的ディスラプション、グローバル競争、サプライチェーンの衝撃、激しい人材獲得競争が続く時代、多くの企業は高度な戦略や野心的な施策に膨大な労力を注ぎ込んでいる。ところが、成果はしばしば期待外れに終わる。ハーバード・ビジネス・スクールのフェリックス・オーバーホルツァー=ジー教授は、洞察に富む著書『Better, Simpler Strategy: A Value-Based Guide to Exceptional Performance』で、鋭い問いを投げかける。優秀で高い当事者意識をもつ従業員に支えられている組織が、なぜこれほど努力しても成果が乏しいのか。

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数字はこの謎をいっそう際立たせる。オーバーホルツァー=ジー教授によれば、S&P 500構成企業のおよそ4分の1は、資本コストを上回る長期的リターンを得られていない。中国ではその割合が3分の1近くに達する。ダウ工業株30種平均のような優良企業群でさえ、約半数が10年間の株主総利回りでS&P 500平均を下回っている。

航空業界の事例

航空業界の最近の業績は、このパターンを鮮明に示している。過去10年間で、デルタ航空とユナイテッド航空は約+50%という緩やかなプラスの株主総利回りを達成した一方、アメリカン航空、アラスカ航空グループ、ジェットブルーは-50%から-70%以上という急激な下落を記録した。いずれの航空会社にも有能なチームがあり、懸命に取り組んでいたにもかかわらず、結果は大きく分かれた。

犯人は「複雑さ」

オーバーホルツァー=ジーの診断は驚くほど明快である。犯人は「複雑さ」だ。企業がデジタル、グローバル、マーケティング、イノベーション、人材などの施策を重ねて立ち上げるほど、「木を見て森を見ず」に陥っていく。多様なフレームワークが増殖し(しかも整合していないことが多い)、管理職は明確な道標を失う。結果として生まれるのは、集中した実行ではなく、戦略の過積載である。

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解決策は、価値に基づくレンズを通して戦略を徹底的に単純化することにある、と彼は主張する。中核となる直観は洗練されている。持続的に財務的成功を収める企業は、顧客、従業員、あるいはサプライヤーに大きな価値を生み出し、それを一貫して実行している。このアプローチは高度なツールを捨て去ることを求めない。むしろ、それらを評価し優先順位をつけるための統一原理を与える。

「価値の棒(Value Stick)」というツール

オーバーホルツァー=ジーの枠組みの中核にあるのが、経済学の基礎に根差したシンプルな視覚ツールである「Value Stick(価値の棒)」だ。片側には顧客の支払意思額(WTP)、すなわち買い手が製品やサービスに対して支払ってもよい最大価格が位置する。もう片側には売却意思額(WTS)、すなわち従業員やサプライヤーが労働や財を提供するために必要とする最小の報酬がある。棒の長さは企業が生み出した総価値を表す。利益は、価格設定とコスト管理の後に、その価値の一部を取り込むことで生まれる。

卓越した成果は2つのレバーから生じる。顧客のWTPを引き上げるか、従業員とサプライヤーのWTSを引き下げるかである。どちらのレバーも動かさない施策は、持続的な優位性にほとんど寄与せず、資源を浪費しがちである。

支払意思額(WTP)を引き上げる

支払意思額を引き上げるには、機能を超えて顧客体験の全体像を見る必要がある。マネジャーは、優れた効用、情緒的な快、ステータス、喜び、さらには社会的インパクトによって満足度を高められる機会を探るべきだ。この顧客中心のマインドセットは、狭い販売志向とは大きく異なる。現在の価格許容度をわずかに超えた位置にいる「近い顧客」を引き寄せ、提供価値を高める補完的な「助っ人」を見つけ、競争上の真の味方と敵を見分け、市場の転換点を見極め、弱者のための賢い戦略を設計することを促す。WTPを体系的に引き上げれば、企業は単に高い価格を設定できるだけでなく、より忠誠度が高く価値の高い顧客にサービスできる。

売却意思額(WTS)を引き下げる

一方、売却意思額を引き下げると、焦点は人材とサプライヤーへ移る。賃金を上げるだけでは価値を生み出すのではなく再配分するにすぎない。より手厚い報酬は企業から従業員へと金額を移すが、パイ全体を拡大しない。対照的に、労働環境を改善し、人々が声を聞いてもらえていると感じられる文化を育み、仕事そのものを本当に魅力的にすることは、トップ人材の獲得・定着に必要な報酬を下げながら、実質的な価値を生み出しうる。サプライチェーンもまた「人」である。サプライヤーが取引をしやすく、より報われるようにすればWTSは下がり、エコシステム全体に利益をもたらす。

価値創造の多面的な姿

価値に基づく戦略は、生産性に関する選択にも光を当てる。規模が価値創造を高めるときには「大きいことが美しい」場合もあるが、真の優位性は継続的な学習と賢い実装から生まれることが多い。リーダーは実践的な「どのように」という問いを発しなければならない。この施策は、具体的にどのようにWTPを上げるのか、あるいはWTSを下げるのか。望ましい結果を望ましくない手段で追うことを避け、ばらばらの活動を首尾一貫した全体へとつなげることに集中すべきである。

最終的にこのアプローチは、機能をまたぐ関係性を企業に見える化する。デジタル戦略がグローバルな野心を支えるのか損なうのか、人材施策が市場でのポジショニングと整合しているのか、といった点である。あらゆることに秀でようとするのではなく、トレードオフと集中を促す。

社会にとっての価値

オーバーホルツァー=ジーは、社会にとっての価値創造もまた方程式の一部になり得るし、そうあるべきだと強調する。企業が顧客、従業員、パートナーの生活を真に改善することで競争優位を深めるとき、より広い便益が後からついてくることが多い。

複数のフレームワークと戦略の複雑さに溺れた世界において、『Better, Simpler Strategy』は強力な解毒剤を提示する。組織のレンズを、活動量や孤立した指標ではなく、生み出した正味の価値に合わせることで、リーダーは明確さと整合を得るとともに、卓越した成果へ至る測定可能な道筋を手にする。過去10年をよりうまく乗り切った航空会社は、必ずしもより懸命に働いたわけではない。最も重要なステークホルダーに対し、より差別化された価値を創出したのである。

施策疲れと低リターンからの解放

施策疲れと期待外れのリターンにうんざりしている経営幹部にとって、このメッセージは解放的だ。「少ない方が多い」ことは確かにあり得る。その「少なさ」が、すべての人にとっての価値拡大へ容赦なく集中している場合に限って。戦略においても、そして多くの領域においても、厳密さを伴ったシンプルさが競争上の優位性になることが少なくない。

forbes.com 原文

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