「どんな問いを立てるべきかを見極めることは、答えを見つけること以上に重要になる」。OpenAIのCEOサム・アルトマンは2025年初頭、そう述べた。そして今月初めには、別のテックCEOであるJotformのアイテキン・タンクが、「より良い問いを立てるリーダーは、より良い意思決定、より強いチーム、そしてAIのより意味ある活用を解き放つ」と主張した。だが、より良い問いを立てる重要性を認めることと、リーダーシップチームとして問いの習慣を変えることは別物である。数百社に及ぶ企業の「問いの文化」を可視化し、分析し、盲点を特定してきた結果、私は多くの経営陣が決して問わない「変革をもたらす4つの質問」に絞り込んだ。これらの問いを投げかけ始めることで、リーダーはAIが駆動する今日の職場について、より明晰に考え始める。
1. 私たちは「即応」しているのか、それとも「責任」を果たしているのか?
問いの習慣を変える前に、まず自分たちの問いの習慣が何であるかを知る必要がある。だが、ほとんどの経営陣はそれを把握していない。より良い問いを立てたいと言うかもしれないが、すでに自分たちがどんな問いを投げているかに注意を払ったことがなく、問いが「より良い」とは何を意味するのかも理解していない。なぜ、いつ、誰に、どのように問うのかに焦点を当てる代わりに、彼らは、他者から投げかけられる問いに素早く答えることに意識を向ける。そして、それには理由がある。そもそもresponsibility(責任)という語は、ラテン語のresponsに由来し、respond(応答する)やanswer to(答える)を意味する。だが、「即応性」と「責任」を混同することで、リーダーは、不確実性を乗り越えるために組織に必要な共有責任を育めなくなる。
私がカローラ・ファルク(Dr. Falk Pharma GmbHの株主)とそのリーダーシップチームに「私たちは即応しているのか、それとも責任を果たしているのか?」という問いについて振り返るよう促したとき、彼女はこう述べた。「リーダーとして私たちは答えを出すことには長けている。だが、しばしば『自分がすべての答えを持たねばならない』という思い込みにしがみついてしまう」。他者の問いに答えることに時間を費やしすぎると、リーダーは、周囲が自分に問うことを期待している問いを忘れてしまう。目の前に来るwhat(何)への応答は得意でも、なぜあることに時間を使い、別のことには使わないのかというwhy(なぜ)に対して責任を負えない。要するに、従業員が自ら良い答えを導くために頼りにする「戦略的な方向性」について責任を果たせないのである。あるいはカローラ・ファルクの言葉を借りれば、「真の学習する組織になるには、あらゆるレベルでオーナーシップを育み、答えを提示することと同じくらい、適切な問いを立てることを重要にしなければならない」。
2. 私たちは「説明」を促しているのか、それとも「探究」を促しているのか?
Dr. Falk Pharma GmbHは、フライブルク・イム・ブライスガウに本社を置くドイツの同族経営の製薬会社である。先週私は、同社の年次リーダーシップサミットで、組織全体から集まった120人のリーダーに向けて基調講演を行った。その内容の中心にあったのは、サミットの数週間前に実施されたQvest調査で、414人の従業員が共有した790の質問である。
Qvest調査が一般的な従業員エンゲージメント調査と異なるのは、あらかじめ定義された質問に従業員がどう答えるかではなく、特定の戦略テーマについて従業員同士がどんな問いを投げかけ合うかに焦点を当てる点にある。「学習する組織になる」という戦略目標をめぐり、複数回の1対1の質疑応答を従業員に促したことで、ファルクのリーダーシップチームは、同社に明確な「what-how(何を・どうやって)」の偏りがあることに気づいた。
この偏りは珍しくない。実際、私が数年前に行った、32組織の5,900人の従業員が投げかけた約9,500の質問を対象とする研究では、人々が投げかける質問の79%がwhat(何)とhow(どうやって)で、why(なぜ)は6%にとどまった。残りはwho(誰が)、when(いつ)、where(どこ)に配分されている。これは、探究よりも説明を促す質問をしがちな明確な傾向を示している。この傾向に注意を払えば、リーダーは多くの盲点を避けられる。ファルクでCorporate Communication & Brand Buildingの責任者を務めるバベット・コップは、「問いの偏りに対する意識を研ぎ澄ますことは、問いを分解し、即席の解決策から、より深い理解と真の学習へと移行する助けになる」と語る。ファルクのリーダーシップチームが、自らの問いを分解し、問いの習慣を変えることに明示的に取り組んでいる例として、「私たちの学習文化を具体的に測定するにはどうすればよいと思うか?」といった問いを、次のような問いへと言い換えることがある。
- Why(なぜ)学習文化を測定することが重要なのか?
- When(いつ)学習する組織を測定することが重要なのか?
- When(いつ)それは重要ではないのか?
- Who(誰が)学習する組織を測定することで利益を得るのか?
- Who(誰が)利益を得ない/不利益を被るのか?
- Where(どこで)学習する組織を測定するか否かが違いを生むのか?
重要なのは、あなたとリーダーシップチームが、what(何)やhow(どうやって)の代わりにwhy(なぜ)やwho(誰が)を問うべきだということではない。重要なのは、学びのプロセスの中で異なる種類の問いを投げかけ、盲点を探るために、「問いのモード」に少し長くとどまる必要があるという点である。すなわち、会社の最重要課題を解決するために、問われ、そして答えられなければならない問いに近づくためである。
3. 私たちは「学習」を説いているのか、それとも実践しているのか?
多くの企業と同様に、ファルクで働く人々は学習を、他のあらゆることと同じように扱っている。つまり、実践ではなくプロジェクトとして、日常業務の進め方ではなく日常業務から時間を奪うものとして、そしてITツールやKPIで測定でき、測定すべきものとして捉えている。だが、ファルクで組織・人材開発を担当するカトリン・ブッシュ=ホルフェルダーはこう述べる。「私たちは、学習を日常業務の不可欠な一部にしたい。それは、私たちが考え、協働し、意思決定する方法に組み込まれたものであるべきだ。そして、個々のスキルを磨くことから、組織としての運営のあり方を形作るメンタルモデルに挑戦することまで、複数のレベルで学習が起きてほしい」
学習を説く段階から実践へ移すには、適切なITツールやKPIを導入するよりも、はるかに難しいことが求められる。それは信頼である。従業員やリーダー仲間への信頼だけでなく、最も重要で、そして最も難しいのは、自分自身への信頼だ。私がファルクのリーダーシップチームに向けた基調講演で引用したドイツの哲学者マルティン・ハイデガーは、本当に教えること、そして導くことのためには、他者に「あなたから学ぶことは何もない」と思わせる覚悟が必要だと言っている。つまり、すべての答えを知っていなくても、何を問うべきかさえ確信が持てなくても、自分と従業員が共に成功できると信じるということだ。すなわち、自分や他者が投げかける問いが、組織に必要な学びへの道を切り開くと信じるのである。
自分とリーダーシップチームに対して、学習を説いているのか、それとも実践しているのかと問うことは、あらゆるものをITツールやKPIで測定でき、測定すべき何かに変えてしまわないことの、変革的な力を思い出させてくれる。
4. 私たちは「直接的な影響」を求めているのか、それとも「間接的な影響」を求めているのか?
多くの経営陣が決して問わない最後の変革的な問いは、彼らが周囲に与えている(あるいは与えていない)影響に関わるものだ。AI時代に入ることで、私たちのテクノロジーとの関係は変わり、それに伴ってリーダーシップとの関係、そしてリーダーに何を求めるかも変わっていく。従来のように、他者の働き方に直接的な影響を与える専門家や管理者に加えて、従業員はいま、リーダーが「組織の助産師」として振る舞うことを必要としている。これは、自らの経験と専門性を用いて、他者が自分自身を、そして互いを信頼できるよう支え、誰1人として単独では成し得ない仕事を可能にするリーダーのことである。
リーダーは、好奇心、内省、学びへの欲求といった基本的な人間の資質が、一部の人に任されることも、まして機械に委ねられることもない文化を育まなければならない。組織において助産師の役割を果たすリーダーは、AIの帰結に自分や一部の同僚だけで対処できるとは信じない。代わりに、AIを使うべきか、そして使うのならどう使うかを決める際に、全員が自らの経験、知識、スキルを活用できると信じる。
カローラ・ファルクの言葉を借りれば、これは「リーダーシップが、取引型の統制から、変革型の信頼とエンパワーメントへと移行する」ことを意味する。また、問いの唯一の目的が答えを引き出すことだと考える習慣を、リーダーが手放す必要があることも意味する。答えるべきではない問いもある——少なくとも、まだは。重要ではないからではなく、さらなる探究と議論なしに答えるには、あまりに重要だからである。変革的な問いの目的は、誰1人として単独では解けない問題を解くために、人々をつなぐことにある。リーダーであれ機械であれ、素早い答えはこの目的に逆行する。



