情動データは「クリエーションの共通言語」になり得るのか
ソニーはこの情動推定技術を、コンテンツクリエイターによる「意図した反応」が観客に届いていることを、客観的に計測するためのひとつの手段として活かそうとしている。
例えばある映画監督が、強く思い入れを抱くシーンを「観客に見せたい」という衝動から長い尺で編集・構成したとする。しかし、実際に情動推定技術によるモニタリングを行った場合、期待されていた高揚感(=覚醒度の向上)の反応を観客が示すことなく、むしろ途中で集中が切れて「中だるみ」のような状態になっているといった結果が数値によって可視化されたとする。
「プロデューサーは監督に対し、個人の主観ではなく『観客の客観的なリアクション』としてデータを見せることで、納得感のある再編集を促すことができるのではないか」
小森谷氏はこのように、情動推定技術がコンテンツクリエーションの現場で果たし得る役割の一例を語る。
情動推定技術の狙いは、コンテンツの良し悪しそのものを評価することではない。クリエイターの意図と受け手の反応のズレを可視化することで、制作者どうしの「クリエイティブな対話」を促すための共通言語になれる可能性にこそ、本質的な価値がある。
「人は自分自身の内面を正しく把握し、表現することが思いのほか苦手だと言われています。アンケートで『おもしろかった』と答えていても、生体反応を調べると別の結果が出ていることもあります。私たちが目指しているのは、科学的なエビデンスに基づいた情動モデルを提供し、クリエイターがより自信を持って作品をブラッシュアップできる環境を作ることです。将来的には、体験者の情動に合わせてリアルタイムに内容が変化する『インタラクティブコンテンツ』への応用も実現してみたいと考えています」と小森谷氏は語る。
2025年にはソニーによる情動推定技術が、ある邦画作品のプロモーション活動に採用された。主演キャストの脳波を映画作品の鑑賞中に計測し、強く反応したシーンを分析。取得したデータに基づき、キャストの反応を4つのタイプに類型化して、これを診断テストとしてYouTubeで発表した。


