赤いジャケットの若者たちへ
午後2時半を過ぎると、大使館のデザインルームに赤いジャケット姿の若者たちが集まってきた。「フェラーリ・テック・タレント・プログラム」に参加した、将来のフェラーリ整備士を目指す約20人の若者たちだ。 ヴィーニャは彼らに語りかける。
「AIでは置き換えられない仕事が、この部屋にはある。フェラーリの車を整備することは、問題を発見して創造的な解決策を提案すること。そうした仕事は、AIでは簡単に置き換えられないと私は考えている」
テクノロジーの最前線で26年を過ごし、身体の動作を数値に変えるセンサーを開発してきたヴィーニャの言葉は、安易な励ましを超えた確信の表明だ。
「良い整備士はお客様を満足させる。お客様が満足すればブランドが強くなる。ブランドが強くなればあなた自身も強くなる。これは正の連鎖だ」
ビジネスの因果を、ごく自然に語る人だった。
会場の外で、ある若者が話してくれた。フェラーリを生で初めて見た瞬間、美しさと強さに心を奪われた。あの車の未来を、自分が背負っていきたい。修了証を手渡したヴィーニャにそう伝えると、ヴィーニャは短くこう言った。「それが、すべての始まりだ」。
「衛星」になってはいけない
日が沈むころ、邸宅の一室に日本のイノベーターたちが集まった。AIやフィンテック、社会変革の最前線にいる経営者約20名が招かれたレセプションだ。
ここでヴィーニャが語ったのは、フェラーリが社内で大切にする6つの原則。継続的な学習、自信ある謙虚さ、コラボレーション、集中力、恐れなき組織、進歩への意志。どれも真っ当に聞こえるが、続く比喩が面白かった。
「人工衛星になってはいけない。ヘリコプターを使うべきだ」
衛星から見る地球は、完璧に丸い。しかし川も谷も見えない。それは現実の幻影だ。経営者は役職が上がるほど現場から離れ、いつの間にか実態と乖かい離り した情報で判断を下すようになる。
「高所で全体を見ながら、必要があれば地上に降りる。その往復ができなくなったら、リーダーとしての機能を失う。私が大学で最初に教わったことは、すべての参照系は等価であるということだった。どこから見るかで、見えるものが変わる」
スピーチが終わると、ヴィーニャはゲストたちのテーブルを順に回っていく。どのテーブルでも笑顔があふれ、会話が弾む。彼は疲れや義務感をみじんも見せなかった。午前中の取材で会ったばかりの私の顔を見つけると、長年の友人を見つけたように笑顔で親しげに肩をたたく。上機嫌に見えた。


