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2026.04.21 15:30

年商20億円の食器「ARAS」 伝統工芸産地で新ブランドが未来を拓く

石川 勤|石川樹脂工業

石川 勤|石川樹脂工業

過疎が進む山中漆器の産地で、自社ブランドの立ち上げから5年で年商20億円に成長。その裏側には、「工芸の新ブランド品で地域を守りたい」という強烈な想いがあった。


樹脂の器「ARAS」は、2020年の発売からわずか5年で年商20億円の大ヒット商品となった。これを手がけたのが、石川樹脂工業の3代目・石川勤だ。

400年以上の歴史を持つ伝統工芸・山中漆器の産地、石川県加賀市。戦後まもなくこの地で漆器の木地製造業を立ち上げた石川樹脂工業は時代の変遷とともに、大量生産が可能な樹脂胎漆器を開発し、OEMで業績を伸ばしてきた。しかし下請け業だけでは、事業継続は厳しさを増していく。さらに、この地域は20年後には生産人口が半分になると言われ、急速に過疎化が進んでいる。このままでは日本の工芸も、地域の文化自体も次世代に継承できない。危機感を覚えた石川は、16年に家業に戻ると、自社ブランドの立ち上げに活路を求めた。

「割れない×意匠性」という新たな工芸品

石川は、金沢を拠点に、長く受け継がれる伝統的な技術の思想をプロダクトに投影するクリエイター集団「secca」の代表・上町達也に相談をもちかけた。東京大学工学部で素材研究に携わっていた石川。一方上町は、食体験のデザインに情熱を注ぐデザイナーだ。2人はものづくりへの向き合い方や考え方で強く共鳴。あらゆる形の可能性を探り、2人が選んだのは「器」だった。「私自身、山中漆器や九谷焼に囲まれて育ちました。それならど真ん中の『器』で勝負しよう。これで失敗しても本望だと覚悟を決めました」と石川は話す。

18年、ARASのプロジェクトが始動した。目指したのは、割れることなく安心して使える機能性を担保しながらも、永く愛でられる器だった。樹脂素材でありながら工芸的な美しさを備えることで、献立や盛り付けを楽しむといった食体験の価値を高められると考えた。石川と上町は、量産の仕組みでありながら、すべてを同一にせず、一つひとつの器に個性を持たせ、工芸的なエッセンスを添えた。この全く新しい“工芸品”は、ECをメインとしたDtoCのビジネスモデルにより、急速にヒット商品となり、レストランやホテルなど業務用市場でも人気が広がっている。

「食体験をもっと気軽に、豊かに、楽しく」という思いが込められた食器「ARAS」。落としても割れにくいという耐久性に優れており、レストランやホテルなど業務用市場でも人気が広がっている。
「食体験をもっと気軽に、豊かに、楽しく」という思いが込められた食器「ARAS」。落としても割れにくいという耐久性に優れており、レストランやホテルなど業務用市場でも人気が広がっている。

知的財産で守る産地ブランド

石川と上町は、ARAS以前に自社ブランド「ゆらぎタンブラー」の開発・販売を通じて、ものづくりと市場の関係性を見つめ直す経験をしていた。星野リゾートに採用されるなど、商品としては良かったが、1個300円では十分な売り上げには結びつかなかった。この学びから、ARASは適正価格の設定と各部門のプロを揃え、マーケティング体制を整えた。多くの顧客の声を反映した商品開発やマーケティングへの投資を続けた結果、今ではARASが全体売り上げの7割強を占めているという。何より大きな変化は、現場で働く職人たちの声に表れていた。「お客様だけでなく、作り手にもこの価値が届いている。それが素直に嬉しい。自社ブランドだからこそ、ロボット導入による効率的なものづくりと、人間の手を残す部分を設計段階から考えられます。職人の仕事の価値を残し、高めることができるのです」と石川は言う。

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文=真下智子 写真=アーウィン・ウォン

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