生成AIの爆発的な普及により、データセンターに巨額の投資が集まっている。一方でデータセンターをめぐる環境負荷の問題もまた顕在化し始めている。
日本企業はこの「AIとエネルギーのトレードオフ」をいかに乗り越え、独自の競争力を築くべきか。
デロイト トーマツ グループの専門家3名が、データセンター、GX、量子技術といったそれぞれの見地から、サステナブルなAIのあり方を語り合った。
AI需要によって、データセンターが直面する課題
——生成AIが広く普及するなかで、AI技術を支えるデータセンターの環境負荷の大きさなどが深刻な社会課題となっています。まず、AIやデータセンターが直面する、ビジネスあるいは社会的な課題について教えてください。
越智:データセンターはもともと目立たない存在でしたが、生成AIの登場によって、AIのインフラ基盤である「AIファクトリー」として脚光を浴び、巨額の投資が集まっています。
一方で、その進化の裏側には看過できないトレードオフが存在します。AIは膨大な電力を必要としますが、現時点では再生可能エネルギー等のクリーンエネルギーのみでデータセンターを安定運用することは技術的・供給的に容易ではありません。その結果、利用の拡大と比例して環境負荷も増大していく構造が生まれています。これまでAIと環境問題が一体として語られる機会は限られていました。しかし現在は、インフラ、電力、土地利用、そして環境負荷といった複数の要素を同時に最適化しなければならない、新たなパラダイムへの転換点に差し掛かっています。
丹羽:課題は電力だけではありません。大規模なデータセンター運営には膨大な水が必要で、アメリカでは水不足によって建設できない例や地盤沈下といった問題なども起こっています。周辺の生態系への影響を含めて、まさにエネルギー、水、すなわち自然資本の問題として立ち上がってきました。
越智:昨年、Microsoft、Amazon、Googleの3社を合わせたAI・データセンター周りの設備投資規模は約40兆円とされており、この数字は相当なインパクトです。アメリカでは、データセンター新設による地域の電力コスト上昇をデータセンター事業者が負担する議論も出ています。今やデータセンターは電力需要全体に影響を与えており、今後日本でも、地域インフラや住民との利害対立をどうハンドルしていくかが極めて重要な経営課題となるでしょう。
丹羽:一方で、AIは単なるエネルギー消費装置ではありません。電力需要の高精度な予測や、廃棄物回収ルートの最適化などにAIを活用することで、自らが消費するエネルギーの数倍規模にあたる省エネ効果を生み出せるという試算もあります。
とりわけ、日本のように再生可能エネルギーの導入余地が地理的に制約される国においては、AIをいかに効率的に活用し、エネルギー利用全体の最適化を図るかが、カーボンニュートラルを前進させる鍵になると言えるでしょう。
量子AIで創る、日本の競争優位
——AIのエネルギー効率を加速させるうえで、日本企業の優位性はどこにあるのでしょうか?
越智:AIプラットフォームやLLM(大規模言語モデル)などのサービス領域において、日本はなかなか競争力をもてていないのが現状です。一方で、日本企業はインフラ関連領域で強みをもっています。情報伝達を効率化する通信技術、あるいはAI稼働に伴う冷却技術や電力ロスを最小化する電源技術といったハードウェア分野です。実際、昨今のAI需要で業績を伸ばしている日本企業は、このカテゴリーが多い。日本のハードウェア技術がグローバル標準として広がっていけば、日本の産業競争力を強める大きな原動力になると考えています。
丹羽:実際に、日本の技術によるデータセンターの省エネ化は非常に進んでいて、液冷技術や空調技術の活用に加え、廃熱利用による地域との共生、コスト構造の解決といった試みも行われています。こうした省エネによるコスト削減分野は、日本企業の成長の源泉になり得ます。
越智:従来のデータセンターは、金融機関やインターネットのバックエンドなどで使われていたこともあり、特に安定性重視の設計となっていました。しかし、AIでの利用が増えたことで、近年はそのアーキテクチャの考え方も変化しており、新たな技術開発が求められています。そのひとつの例として、量子コンピューティングによる「量子AI」技術があります。
寺部:量子コンピューティングは、従来のAIによる膨大な電力を必要とする計算手法と異なり、究極的に消費電力が少なくなる可能性を秘めています。そのため、国内外で既存のAIを量子コンピュータで置き換えるための研究が進んでいるのです。例えばGoogleは「Quantum AI」という組織を10年以上前から立ち上げ、「AIの次は量子AIだ」としてさまざまな実証を行っています。また、量子AIのユーザー側としても、HSBCのようなグローバルバンクが、量子AIを使った金融予測効率化の実証を進めています。
ほかにも、世界の全消費電力の数パーセントを占めるとされるアンモニア精製の効率化や、優れた触媒の開発が待たれる人工光合成、あるいはリチウムイオン電池の性能向上や創薬といった領域を量子コンピューティングが担うことで、社会全体のエネルギー効率を劇的に高めることが期待されています。
——量子AIが実現すれば、データセンターのエネルギー消費に加え、より広い領域での省エネが可能になるということですね。「量子×AI」分野では、日本がグローバルで主導権を握るチャンスはあるのでしょうか?
寺部:日本には、ユーザーとなる産業が数多く存在し、ユースケースをたくさんつくれる環境があることに加え、量子の基礎技術をもっている有名な研究者もたくさんいます。日本はAI分野で「理論は良かったけれどビジネスで負けた」と言われることもありますが、量子領域はまだビジネスとしての実装段階までには至っていません。量子領域を日本の強みにできれば、グローバルで勝てる余地は十分にあります。
GXと統合した次世代の経営戦略のあり方
——量子技術をはじめとした最先端テクノロジーの進化を、実効性のある経営戦略へ落とし込むためには何が必要でしょうか?特にデータセンターとGXという、一見相反するふたつの軸をどう統合すべきか、お聞かせください。
越智:まず重要なのは、企業価値の向上というビジネスの文脈と、カーボンニュートラルに代表される社会的価値の創出を、切り離さずに同時に実現していくことです。現状では、多くの企業でこれらが別々の部門によって検討されているのが実態ですが、本来は統合的に捉えるべきテーマと言えるでしょう。
AIのサステナブル運用という考え方は、まだ十分に浸透していません。しかし、消費電力を大幅に抑制する技術の導入は、環境対応にとどまらず、コスト削減という明確な経済合理性をもたらします。だからこそ、国や業界のルール整備を待つのではなく、自らルールメイキングに踏み込み、新しいアーキテクチャがどれだけ省電力に寄与しているのかを可視化する独自指標を構築していく姿勢が求められます。
従来用いられてきたデータセンター効率の指標であるPUE(電力使用効率)だけでは、AI時代の実態を十分に捉えきれません。今後は、より包括的かつ実効性のある評価軸へのアップデートが不可欠です。
丹羽:経営においては、サステナビリティを地球環境だけでなく、「企業の持続的な成長」という視点でも捉える必要があります。データセンターは地域の電力消費量や電気代を上げる可能性があり、地域に望まれない施設をつくれば、従業員が来なくなる、あるいは訴訟が起きるといったリスクが生じます。地域への中長期的なコミットメントを示して、将来のリスクを低減すること、そして廃熱利用などで「新しい産業を地域とつくっていくこと」が重要なポイントになります。
——技術や市場が激変するなかで、多くの日本企業は様子見の段階にあるようにも見受けられます。
寺部:量子コンピュータは、2030年頃までには既存のマシンと掛け合わせて実用レベルで動きはじめると言われており、そのときにマシンリソースと人材が不足することは明白です。今すぐすべての企業が取り組むべきとは言いませんが、気づいたときには勝敗が決していたという事態を避けるためにも、「いつから動くべきか」を見極められるリテラシーをもった人は、今から育てておく必要があります。
越智:最近ではハイテク業界以外にも、電力や不動産、建設といった異業種からの相談が非常に増えています。データセンターは物理的な存在であるがゆえに、こうした実務を伴う業界との連携が不可欠だからです。また、土地やインフラに関わる問題なので、官公庁や多くの民間企業と共に進めていく必要があります。多様な専門家や公共部門、全国に拠点を有するデロイト トーマツだからこそ、データセンターの土地探しから建設・移行のサポートまで、現場の実務に踏み込んだ支援が可能です。
どんなに優れた戦略を描いても、実際に動かなければ価値は生まれません。立地戦略やエネルギー負荷の低減といった具体的な実装にいち早く着手し、様子見のリスクを回避して自ら潮流を掴みに行くエグゼキューション(実行)の姿勢こそが重要なのです。
GXを見据えた先端技術の融合が活路を開く
——最後に、今回の議論を踏まえて、日本企業が目指すべきビジョンについてお話しください。
寺部:今はまだ、GXに対して量子コンピュータがどう寄与していくのか、その将来の道筋が決まっているわけではありません。しかし、だからこそこれから今までにない面白いものがどんどん生まれてくるはずです。
私自身、一人の研究者として、量子コンピュータで社会がどう変わるのかにワクワクしながら取り組んでいますし、デロイト トーマツでも研究者を雇用し、グローバルのメンバーと共に論文執筆といった活動も加速させています。「やらねばならない」という義務感から入るのではなく、先端技術や新しい領域への挑戦を楽しむこと。それが、結果として大きな変革につながるのだと思います。
丹羽:昨今、GXは必ずしも経営視点では十分に推進できない側面があります。経済的な不確実性のなかで、そもそも経営が安定しなければGXへの投資が出来ないのも事実でしょう。しかし、経営層の本質的な役割とは、中長期の自社の成長戦略を描き、将来を予測して何に投資するかを考えることでもあります。
だからこそ、データセンターやAIの活用も、経営者としてより中長期的な目線で見ていただきたい。「将来、自分たちの成長の源泉になるデータや技術は何か」という視点に立ち、新しい分野に飛び込んで戦略を描いていくことが理にかなった意思決定につながるはずです。
越智:AIなどの先端技術は、今まさに「とにかく使ってみる」段階から、ROI(投資対効果)を問われるフェーズに入りました。経営戦略にしっかりと組み込んだうえで、自社の効率化や新事業創出について真剣に考えなければなりません。
データセンター市場は資本集約的な成長市場であり、多額の資本を必要とするグローバルな競争の場です。そのなかで他社と同じ戦略をとっていては勝てません。GXのような異なる視点を織り込むこと、そして様子見のリスクを回避していち早く実装に進むこと。このふたつの姿勢が、日本企業の産業競争力を強める重要な原動力になるはずです。
関連リンク
デロイト トーマツ Sustainability & Climate領域のサービス・取り組み
デロイト トーマツ Emerging Technologyの取り組み
おち・たかゆき◎デロイト トーマツ マネージングディレクター。大手通信会社の海外M&A部門を経て現職。AI・5G・データセンター等のEmerging Tech領域の新規事業戦略策定・実行支援、イノベーション戦略策定、M&A戦略等のPJに多数従事。デロイト トーマツのデータセンターCoEをリード。
にわ・ひろき◎デロイト トーマツ パートナー。サステナビリティ、企業戦略、及び中央官庁業務に従事。製造業向けコンサルティング、環境ベンチャー、商社との排出権取引に関するジョイントベンチャーの立ち上げ、取締役を経て現職。環境省 「TCFDの手法を活用した気候変動適応」タスクフォース委員、国土交通省 「気候関連情報開示における物理的リスク評価に関する懇談会」臨時委員などを務める。『グリーン・トランスフォーメーション戦略』『価値循環の成長戦略』(共に日経BP)、『TNFD企業戦略』(中央経済社)など、著書多数。
てらべ・まさよし◎デロイト トーマツ グループ 量子技術統括。自動車系メーカー、総合商社の量子プロジェクトリーダーを経て現職。量子分野において数々の世界初実証や日本で最多件数となる海外スタートアップ投資支援を行い、広いグローバル人脈を保有。国際会議の基調講演やTV等メディア発信も行い量子業界の振興にも貢献。著書に『量子コンピュータが変える未来』(オーム社)がある。



