フェラーリのCEOが、整備士を目指す若者たちに会いに来た。場所は、駐日イタリア大使館。質問を持って集まった若者たちに、ベネディット・ヴィーニャは1時間、正面から向き合った。
港区の一角に立つ駐日イタリア大使館に、制服姿の学生や専門学校のロゴが入ったジャージを着た若者たちが集まってきた。3月10日の午後のことだ。フェラーリの整備士育成プログラム「Ferrari Tech Talent」の、特別な回が開かれる日だった。
2025年夏から国内のサーキットや各地のフェラーリ正規ディーラーで順次開催されてきたこのプログラムに参加した若者たちが、この日のために呼び戻された。目的は一つ。フェラーリの最高経営責任者、ベネディット・ヴィーニャと直接話すためだ。
駐日イタリア大使館一等参事官のステファノ・ストゥッチ氏は、学生たちにこう語りかけた。
「イタリアと日本には、一つ大切な共通点があります。どちらの国も天然資源に恵まれていない。だから私たちは、知識と、知恵と、手仕事で価値をつくってきた。その伝統が、両国の土台なのです」
クルマをめぐる対話が、イタリア大使館で行われた
「AIでは置き換えられない仕事が、この部屋にはある」
ヴィーニャがステージから語りかけると、会場の空気が変わった。爽やかなネイビーのスーツに、白いシャツ、落ち着いた物腰。だが言葉は、ためらいがなかった。「未来は、新しい世代のものです」と若者たちに語りかける。
AIが多くの仕事を変えようとしているこの時代に、整備士という職種はどうなるのか。そのことを気にしている学生がこの場に何人かいることは、誰の目にも明らかだった。ヴィーニャは、その問いに真正面から答えた。
「フェラーリの車を整備できる人とは、問題を発見して創造的な解決策を提案できる人。そうした仕事は、AIでは簡単に置き換えられないと私は考えています」(ヴィーニャ)
一段落おいて、彼はマルコという人物の話をした。数年前までマラネッロの生産ラインで働いていた彼は、今シリコンバレーのディーラーでメカニックとして現場に立っている。「私は彼に、先月会いました。仕事ぶりをオーナーに認められて信頼を得て、とても満足そうでした」とヴィーニャは言った。
CEOが元同僚の名前を覚えていて、現場まで会いに行く。その一事で、フェラーリがどんな会社かは伝わる。
現場の人間が、現実を知っている
Q&Aが始まると、学生たちは準備してきた質問を次々に投げかけた。「AIの時代にフェラーリが守るべき価値とは何ですか」「メカニックとして一人前になるために、今のうちやっておくべきことは何ですか」。どれも、フェラーリという会社の現実に踏み込んだ問いだった。
「自分の経験をどうやって評価してもらってきたか」という質問には、ノーベル賞物理学者リチャード・ファインマンの話をひいて答える。
1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の原因究明に呼ばれたファインマンは、会議室のVIPたちに混じらず、自費でワシントンに乗り込み、メカニックたちに直接話を聞いた。それで原因が判明した。
「現場を知っているのは、現場の人間です。私がファインマンに惹かれたのは、その姿勢でした。だから私も物理学を学びました」(ヴィーニャ)
メカニックを目指す学生たちへのエールとして、これ以上の話はなかなかない。さらに「CEOになるにはどうすればいいですか」という趣旨の問いには、こう返した。
「それは間違った問いです。何を目指すかより、今していることに喜びを見つけてほしい。その仕事が好きで働いている人のほうが、結局うまくいく。私自身がそうでした」(ヴィーニャ)
キャリアの話になると、ヴィーニャは五つのポイントを挙げた。学び続けること。失敗を恐れないこと。自分の才能に投資すること。スクリーン越しでなく直接人と会うこと。そして、物事を深刻に考えすぎないこと。最後の一つをユーモラスに話すと、会場には笑い声が響いた。
「真剣にやりすぎると、幸せになれない。幸せでなければ、いい仕事もできない」(ヴィーニャ)
「直接人と会う」という話には、ヴィーニャのエピソードが続いた。ある日、東京で新しい拠点の候補物件をいくつか視察していた。ある建物を見に立ち寄ったとき、そこにいた日本人オーナーに何気なく話しかけた。すると、その人物がちょうど検討中の2拠点の両方に店を構えていることがわかった。
「インターネットで調べても、AIに聞いても、出てこなかった情報です。目を開けて、耳を開けて、人と話す。正しい情報に出会うための大切な姿勢だと、私は思っています」(ヴィーニャ)
「若者の車離れをどう見ているか」という質問には、少し笑ってからこう答えた。「実は私の娘も、なかなか免許を取らないんです」。
日本のフェラーリ顧客の平均年齢は、世界平均より高い。それは認識している。若い世代との接点を大切にしながら、この日のように既存の顧客の子ども世代を招いたり、メカニック志望の若者と直接対話する場をつくることが、長期的なアプローチだと語った。まさに、対話を重ねるうちに、場には打ち解けた空気が流れていた。
一人ひとりに、直筆のサインを
Q&Aが終わると、最後のプログラムが始まった。
司会が一人ずつ名前を呼ぶ。呼ばれた学生が前に進むと、ヴィーニャが修了証を手渡す。サインは、その場で一枚ずつ直筆で書かれた。
ヴィーニャにはその儀式を急いで進めている様子はなかった。一人ひとりと向き合い、目を合わせ、手渡す。名前を呼ばれた学生の背筋が伸びる瞬間を、何度か見た。
修了証を受け取った学生たちが、一人ずつ会場を後にした。それぞれの手に、フェラーリのCEOのサインがあった。
フェラーリ テックタレントプログラム 特設サイトはこちら
https://forbesjapan.com/feat/ferrari_tech_talent/




