日米の作法の違い:スピード感と継続の判断
大堀氏は、日本と欧米の経営判断の文化差として、「時間」に対する感覚を挙げました。
米国では、サイエンスの進捗に基づき、失敗したプロジェクトを速やかに撤退(Discontinue)して資金と人材を次へ振り向けるかという「厳しい選別」が日常的に行われます。対して日本には、一度始めた会社を継続させること自体を最優先する傾向があると指摘しました。この違いは、資本効率やイノベーション速度に直接影響を与えます。
「時間は最も重要な資産であり、緊急性(Sense of Urgency)を持つことが不可欠だ」という大堀氏の言葉は、グローバルスタンダードでの戦いを求める日本のアカデミアや起業家への強いメッセージとなりました 。
グローバル資本との接続が鍵
こうした課題を乗り越える鍵として、パネルで繰り返し強調されたのが「グローバル資本との連携」です。
近年、海外VCの日本への関心は急速に高まっており、日本発案件に対して海外投資家側からアプローチするケースも増えています。地政学的な変化や中国市場の不確実性も背景に、日本は「次の投資先」として注目度を高めています。
Ken Horne氏は、「以前はグローバル投資家を呼び込むために我々がすべての下準備をしなければならなかったが、今では彼らの方から『日本のこの案件を一緒にやらないか』と電話がかかってくるようになった」と、潮目の変化を明かしました。
Jonathan Yeh氏も、「かつて日本のベンチャーへの投資は、実態を理解しない『ジェネラリスト・マネー』が中心で、海外投資家や製薬企業からは敬遠されていた。しかし現在、資本効率や高品質なアセットを求めるグローバルな動きの中で、大手製薬企業が日本の動きを非常に注視している」と述べ、この「波」を捉える重要性を説きました。
ただし、ワイスコフ氏は米国の最近の傾向として、ファンドの巨大化を挙げました。米国では臨床データを出し切るために1億ドル規模のシリーズA調達が珍しくありません。この環境に対抗するには、日本単独では限界があり、クロスボーダーでの資金調達・共同投資が不可欠となるでしょう。
その際に重要となるのが、投資家が信頼できる経営体制の構築です。特に大型投資を呼び込むには、米国型の透明性やコミュニケーションを備えたマネジメントチームが求められます。結果として、日米ハイブリッド型の組織が今後の主流になる可能性が高いでしょう。
IPOとM&Aの歪み━━評価ギャップの現実
議論の終盤では、日本市場特有の歪みも浮き彫りになりました。象徴的なのが、日本企業が国内バイオ企業よりも海外企業を高値で買収する傾向です。
その理由は、株式市場の評価構造にあります。国内投資家が日本発技術の価値を十分に評価しないため、国内企業を買収すると株価が下がるリスクがあります。一方、海外企業の買収は「分かりやすい価値」として受け入れられやすいのです。この評価ギャップが、日本のM&A市場の非効率を生んでいます。
エコシステムは「臨界点」に近づいている
総じて本パネルから浮かび上がるのは、日本のバイオエコシステムがいま「転換点」にあるという認識です。優れたサイエンス、増加する資本、そして国際化の進展というポジティブな要素が揃いつつある一方で、人材・資本市場・意思決定といった構造的課題が依然として残ります。
日本の創薬エコシステムは、長年の停滞を抜け出し、今まさに「クレッシェンド(最高潮)」に向かっています。登壇したパネリストたちが共通して強調したのは、日本の優れたサイエンスを「世界で通用する物語」に書き換えるための、クロスボーダーな連携の必要性です。
「日本を世界の創薬の地図に確実にピン留めする(Pin itself on the map)」。そのために必要なのは、一過性のブームではなく、今回登壇したような専門性の高いVCたちが主導する、スピード感と実行力を伴った成功事例の積み重ねに他なりません。
登壇者の多くが指摘したように、海外投資家の関心が高まり、成功事例が生まれ始めている現在は、「波に乗る」絶好のタイミングでもあります。日本がグローバル・バイオ市場で存在感を確立できるかどうかは、この数年の取り組みにかかっているといえるでしょう。


