日本発バイオの高評価とトランスレーショナルの壁
議論の出発点として共有されたのは、日本の科学力の高さでした。基礎研究レベルでは世界的に評価される成果が多く、「優れたサイエンスは確実に存在する」という点に異論はなし。一方で、その成果を事業化し、グローバル市場に乗せる「トランスレーション(橋渡し)」に大きな課題があるという認識が、パネル全体で一致しています。
その背景として指摘されたのが、ヘルスケア領域における「起業家層の不在」でした。IT分野と異なり、バイオ領域では連続起業家や成功事例が乏しく、結果として事業化ノウハウの蓄積が進みにくい構造が続いてきました。大学発の技術シーズは存在しても、それをスケーラブルな企業へと昇華させる仕組みが未成熟であることが、日本の構造的課題といえます。

変革の兆し:技術先行からトランスレーショナルへの転換
これに対し、20年にわたり企業創出に携わってきた稲葉氏は、「ここ数年で『企業を創る』というシステムへの意識が劇的に向上した」と、現場のポジティブな変化を強調しました。特に新会社の質やアセットのレベルが飛躍的に高まっており、日本のバイオ産業の「テイクオフ(離陸)」に対して楽観的であると述べています。
高橋氏も、2019年頃と比較して、日本の製薬企業やスタートアップが「バイオテックというビジネスモデル」の利点を深く理解するようになったと指摘しました。大手製薬とは異なる、特定の製品に情熱を注ぐ少数の専門家チームによる効率的な開発モデルが、日本でも共通言語になりつつあります。
しかし、ワイスコフ氏は、依然として日本の起業家の中には「患者のニーズ(Unmet Medical Need)」よりも「技術(Technology)」を優先してしまう傾向が残っているとも釘を刺しました。この意識改革は徐々に進んでいるものの、進化のスピードはまだ緩やかであるというのが、日米を往復する専門家の冷静な視点です。
構造的課題:タレント不足と資本市場
パネルでは、成長を阻害する深刻なボトルネックについても率直な意見が交わされました。中でも大きいのが「人材不足」。特にグローバル水準で開発をリードできる経験豊富な人材は極めて限られており、これが企業成長のボトルネックとなっています。
香本氏は、最大の課題として「タレントの不足」を挙げました。特に、プログラムをグローバルに展開するためのスピード感と経験を持った人材が日本には極めて少ないのが現状です。そのため、同氏は「日本のサイエンス」と「日本国外のタレントプール」を組み合わせることが、解決策の一つであると説きました。
加えて、日本の資本市場の構造も課題として挙げられました。香本氏によれば、日本の資本市場は個人投資家(リテール)が中心であり、長期的価値を評価する機関投資家が不足しています。このため、本来IPOはスタートアップにとって「出口(Exit)」ではなく「資金調達の手段」なのですが、日本のIPOでは十分な資金調達ができず、IPO後に成長戦略を実行できません。


