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2026.04.22 11:00

「日本の新たな価値」を世界へ。パリから始まるルミネのグローバル戦略

2026年6月、パリ・ファッションウィークに合わせ、マレ地区の一角に小さな灯が点る。ルミネの新プロジェクト「tokyo sense」のPOP-UPだ。
 
「1000年先とか、1万年ぐらいのスケールで変えていこうという意識のもとにやっていく。千年でも短いかなって感覚です」

ルミネ代表取締役社長・表 輝幸はそう言って、少し考えてから付け加えた。

「それぐらいの大切なことだと思っているので」
 
対談の相手は、suzusanクリエイティブディレクター・村瀬弘行。名古屋・有松の絞り染め技術を携えてドイツへ渡り、ニューヨークからカリブ海まで日本の手仕事を届けてきた越境者だ。今回のPOP-UPでルミネがセレクトしたブランドのひとりとして、この場に座っている。
 
ふたりの対話から見えてくるのは、日本の新たな価値をどう世界に届け、どうビジネスとして成立させるか。その戦略の全貌だ。

商業施設から「感性のハブ」へ。ルミネがパリを選んだ真意

そもそも、なぜパリなのか。

表はその問いに、POP-UPで取り扱うブランドの話から答え始めた。tokyo senseがセレクトするのは、日本各地で生まれた新進気鋭のファッション・クラフトブランドだ。細部の縫製にまで手仕事の感覚が行き届き、素材の選定から仕上げまで妥協のないクオリティを追求している。

つまり、ルミネが行おうとしているのは、ありがちな伝統工芸品の展示会ではない。日本のものづくりの精神性を、メイド・イン・ジャパンの現代的なファッションとして、世界に届けるプロジェクトだ。

ルミネはそれを「アーバンクラフトマンシップ」と呼ぶ。都市の感性と職人の手が交差する場所に、新しいラグジュアリーが生まれるという確信がある。

表 輝幸/早稲田大学大学院修了後、1988年JR東日本入社。2000年にグループ最年少で日本レストラン調理センター社長に就任。その後、東京駅グランスタ開発を牽引するなど、様々な開発や街づくりをリードし、2023年6月より現職。
表 輝幸/早稲田大学大学院修了後、1988年JR東日本入社。2000年にグループ最年少で日本レストラン調理センター社長に就任。その後、東京駅グランスタ開発を牽引するなど、様々な開発や街づくりをリードし、2023年6月より現職。

「日本のものづくりには、伝統的に見えないところまで徹底するという精神があります」と表は言う。たとえば武将の鎧では、内側に隠れた絹の柄も、誰にも見えないところまで美しく仕立てられていた。

その精神は、tokyo senseが届けるブランドの一着一着にも宿っている。素材の風合い、縫い目のピッチ、ボタンホールの始末。使う人だけが気づく品質。それこそが、世界のファッション市場で唯一無二の武器になると表は確信している。

パリを選んだのは、この「見えない価値」を最も深く受け取れる土壌があると判断したからだ。フランスはものづくりの歴史を知り、美しさの価値を知っている。

一方で、日本の「引き算の美学」とフランスの「装飾の文化」は方向が根本的に異なる。だからこそ、ぶつかり合うことで化学反応が生まれる可能性がある。「文化としてまったく考え方が違うことは、チャンスだと思います」と表は言い切る。

「tokyo sense」というプロジェクト名には、東京が日本各地の技術と感性を集め、世界に通じる言語へとブラッシュアップする場所だという認識が込められている。東京はいわば「翻訳工場」だ。素材を磨き、時代に合わせて変換し、パリへと届ける。

「カルチャーのプラットフォーム」という言葉は対談が終わってから頭に浮かんだが、表自身はもっと素直にこう言っていた。「日本を元気にしたいんです」。

伝統を世界基準に「翻訳」する。suzusanと描くアーバンクラフトマンシップ

「ペルソナとして、キッチンにお醤油がない人たちが僕らのお客さんだと考えています」

suzusanは、名古屋市有松に江戸初期から続く約400年の絞り染め技術を受け継ぐブランドだ。村瀬はその技術を携えてドイツへ渡り、世界のファッション市場に食い込んできた。今やニューヨーク、カリブ海、イスラエルのお客さんたちが、有松の手仕事を日常生活に取り入れている。

村瀬弘行/1982年名古屋生まれ。有松鳴海絞りを営む職人家系の5代目。2008年ドイツで在学中にsuzusanを設立。現在29カ国で販売されるブランドのCEO兼クリエイティブディレクター。
村瀬弘行/1982年名古屋生まれ。有松鳴海絞りを営む職人家系の5代目。2008年ドイツで在学中にsuzusanを設立。現在29カ国で販売されるブランドのCEO兼クリエイティブディレクター。

ドイツでセミナーを開いたときに「お醤油がご自宅にない方」と挙手を求めると半数以上が手を挙げた。日本文化にまだ一度も触れたことのない人たち。その人たちの日常に、どうやって入り込むか。その問いに、村瀬は20年以上をかけて答えを出し続けてきた。

その答えは、「素材」、「技術」、「用途」だ。400年の歴史を持つ有松絞りは、もともと木綿の浴衣として産まれた。しかし、木綿の浴衣をそのままドイツに持って行っても、誰も毎日着はしない。ならば、残すべきコアは何か。

「残したいのは、絞りという技術のコアだけでいい。素材と用途はもっと自由であっていい」

「素材」を木綿からカシミヤに変え、「用途」を浴衣からカーディガンやストールへと転換した。有松の手仕事による「技術」はそのままに、使う人の文脈に寄り添う形へと生まれ変わった。

この翻訳の発想は、現代のラグジュアリーへの根本的な問いかけでもある。「ブランドの本質は歴史と地域性だと思っている」と村瀬は言う。クリエイティブディレクターが3年周期で交代し、世界中に同じバッグが並ぶビジネスモデルへの違和感を、彼は隠そうともせず堂々と語る。

大きなロゴで価値を押し付けるコングロマリット型の発想の先に、表も村瀬も答えを見ていない。作り手の顔が見え、土地の記憶が染み込み、手仕事の時間が宿っているもの。それは工場でコピーできないものだ。

ふたりの手の間に広げられたsuzusanのストール。灰とピンクが溶け合う染めの表情は、産地の400年が新しい素材の上に刻んだ記憶のよう。
ふたりの手の間に広げられたsuzusanのストール。灰とピンクが溶け合う染めの表情は、産地の400年が新しい素材の上に刻んだ記憶のよう。

マドンナが、パリのセレクトショップでsuzusanのストールを完全なプライベートで購入した。ファッションウィーク中にパパラッチが撮影し、その写真は瞬く間に広まった。世界中の誰もが知る人物が手に取ったのは、名古屋市の小さな地域の手仕事だった。

「そういった、小さな地域と大きな都市がつながる場所っていうところで、一つ成功事例を作るというのは、今ものすごく大事だなと思っていて。そうすると、そこにまた希望が出て」

村瀬が語る、その希望は、有松の職人だけのものではない。経済産業省が指定する伝統的工芸品は244品目。北海道から沖縄まで、みんな同じ課題を抱えている。マレ地区の新たなPOP-UPが、その一つひとつへの手紙になりうる。

コンセプトは「Japan Sustain」。全量買い取りという、本気の証明

「Japan Sustain」。このプロジェクトのコンセプトワードには、文化の持続への強い意思が込められている。

日本の伝統工芸やアパレルの素材・縫製工場には、優れた技術があってもその価値が海外に充分に知られていない工房が無数にある。それらのほとんどが、ノウハウも資金も販路も持ち合わせていない。まれに、下請けとして使われることがあったとしても名前は出ない(出すことを許されていない)し、対価も少ない。そもそも「何をどう変えれば売れるのか」がわからない。

表はこの状況をこう表現した。「日本の失敗する事例は、そのまま持っていくことです。ただ美しい工芸品は、そのまま重要文化財になってしまう。すごいけど、使わない。それでは未来につながらない」。

守ることと変えることを見極め、間に入る存在が必要だ。ルミネはそのプラットフォーマーになることを志している。聞けば、今回のPOP-UPでは、なんとルミネは取り扱いブランドの商品を全量買い取っているという。

「え、買い取りなんですか?」と思わず大きい声が出てしまった。てっきり委託販売のかたちだと思っていた。「買い取りなんです」と、表はあっさり繰り返した。

委託販売という形をとれば、売れ残りのリスクは作り手側に残る。しかしルミネは自ら在庫を持ち、販売の責任を引き受けることを選んだ。

「リスクは我々が負ってでも成功事例を作る。そのきっかけは我々が作らないといけない」と表は言う。場所を借り、人をパリに送り込み、商品を買い取る。数字で見れば大きなコミットメントだ。

現在、百貨店の一等地にはヨーロッパのラグジュアリーブランドが並び、日本の工芸は奥の方に小さく置かれている。「それってすごくマーケットのグリーンウォッシュ的だと思うんですね」(村瀬)
現在、日本の百貨店の一等地にはヨーロッパのラグジュアリーブランドが並び、工芸品は奥の方に小さく置かれている。「それってすごくマーケットのグリーンウォッシュ的な構造だと思うんですね」(村瀬)

村瀬もその本気度を、肌で感じている。「商品を買い取って、人もかけて、実際にパリに人を送っている。ポップアップスペースがあるからなにかやってくださいよ、という話ではない。そこに経済性を作ることが本当に大事なんです。文化にも経済性がいるし、経済性にも文化がいる」。

つまり、ただ展示して終わりにしない。「売れる」という事実を作ること。日本のものづくりが、美術館のガラスケースにとどまらず、世界の日常に届くファッション、クラフトとして息づくこと。

そして、作り手に対価が戻る仕組みを機能させること。それが村瀬の言う経済性であり、ルミネが全量買い取りで示した本気の中身でもある。

次なるチャレンジャーたちへ。日本発の価値循環プラットフォームの構築

「パリでどうやって勝ちますか?」と質問すると、村瀬は少し考えてから、こう答えた。「パリで戦うという感覚は、あまりないんですよね」と。

村瀬の感覚はもっとシンプルで、もっと温かい。

「新しい文化や地域に行く際に、新しい友達を作りに行くという感覚に近いんです。文化というお土産を脇に抱えて、こちらも学ばせてもらうし、相手が持っていない新しい価値を持っていって、まだ見たことのない友達に会いに行く」

村瀬のその言葉に、表も深く頷く。

「売上とか数字を目的にしたことは一切ない。ルミネは“ライフバリュープレゼンター”ですから。生きる歓び、人の幸せを提供する会社です。人の幸せになることが成功で、それができれば結果として数字がついてくる」

二人の言葉は、ビジネスの論理の外側にあるように聞こえる。だが実際には、これほど腰の据わった戦略もない。勝ち負けの土俵に乗らないからこそ、共鳴が生まれ、文化の力がビジネスを動かす。「勝ちに行かない」という選択は、弱腰に見えて、一番しなやかな構えかもしれない。

パリでの評価が日本へと逆流してくる、という未来像を表は描く。

「パリで日本のものづくりや精神性が評価されると、間違いなくヨーロッパ各国、アメリカ、アジアで評価されるようになる。そして何が起こるか。日本人が最も評価するんです。自分たちが受け継いできたものづくりや、その根底にある精神性に世界から光が当たる。これほどのクオリティが、この価格で手に入るのかと驚きに変わる。アーバンクラフトマンシップが経済として回り始めると、現場には後継者が生まれ、地域が元気になる」

外から光を当てることで、内側の価値が見えてくる。これが「幸せの循環」の仕組みだ。

ルミネはいま、その循環に加わる次なるチャレンジャーを探している。「日本中に素晴らしい才能を持つ人たちがいる。ものを作るのはうまいけど、マーケットのことはわからない。

でもそれだと可能性があるのにもったいない。後継者ができるぐらいの利益が、ちゃんと職人に還元されるようにしたい。そういうことを一緒にやりたい」と表は語る。

未来を作りに、パリへ行く。

その想いが、1000年先にある日本のものづくりの未来に繋がっている。

ルミネ
https://www.lumine.co.jp/

suzusan
https://www.suzusan.com


株式会社ルミネ
JR東日本の首都圏ターミナル駅を中心に商業施設「LUMINE」/「NEWoMan」16館と海外2拠点、ファッションEC「アイルミネ」を展開。「LUMINE」は、トレンドに敏感なお客さまに向けて、等身大+αのライフスタイルを豊かにする提案をおこない、「NEWoMan」は、上質で本物を求めるお客さまに、新しい時代の多様な価値観・生き方の選択肢の提案をおこなっている。2026年9月には、最大規模の施設である「ニュウマン高輪」が本格開業した。

株式会社スズサン
有松鳴海絞りの伝統に根ざしたものづくりを基盤に、テキスタイルおよびファッションブランド「suzusan」を展開する。村瀬弘行のディレクションのもと、受け継がれてきた職人技と現代的な素材・デザインを融合し、伝統技術を現代の感性へと昇華させている。有松の地に息づく絞りの技を核としながら、世界各地のテキスタイルや染色技法を取り入れ、何世紀にもわたる工芸の価値を再解釈したプロダクトを生み出す。また、これらのものづくりを現代のライフスタイルや国際的な文脈と結びつけることで、地域に根ざした技術と世界の市場をつなぎ、絞りに新たな価値と循環をもたらす。

Promoted by ルミネ / edited & text by Tsuzumi Aoyama / Photographs by Naoto Hayasaka