ロシア国防省は自国の軍人による通信アプリ「テレグラム」の使用を制限する一方で、同省の公式テレグラムチャンネルを更新し続けており、そこではロシア軍が破壊したとするウクライナ軍装備の一覧も日々発表している。その一覧によく挙げられる装備にM113装甲兵員輸送車があり、とくにここ数カ月は頻出している。ロシア側が主張する数字の検証は難しいものの、この戦争での両軍の損害を記録しているOSINT(オープンソース・インテリジェンス)分析グループOryx(オリックス)は、ウクライナ軍のM113とその派生型の損害を650両あまり視覚的に確認しており、やはり過去1年で増加傾向にある。
ドローン(無人機)技術が急速に進化し、システムがたった数週間で陳腐化してしまうこともあるような戦場で、1950年代に設計されたプラットフォームがいまだに広く使用されているのは注目に値する。これは、機動力や簡素さ、適応性、量産しやすさを重視したM113の設計が、現在の高強度で消耗の激しい戦闘で求められる要件にうまく合致していることを示している。
M113装甲兵員輸送車とは
M113は1950年代後半、冷戦期の戦場で歩兵分隊を輸送でき、軽量で空輸可能な装軌車両という米陸軍の要求を満たすため、米FMC社によって開発された。軽量化を図りつつ小火器や砲弾破片から防護できるようにアルミニウム製車体を採用し、1960年に就役した。乗員は2人で、兵員を11人収容できる。軽武装の車両であり、上部に備える12.7mm口径の重機関銃が主武装となっている。ディーゼルエンジンを搭載し、最高速度は時速64km出る。水陸両用作戦用にすばやく仕様を変更し、静水域を浮航する能力も持つ。指揮車両型や迫撃砲搭載型、救急車型などさまざまな派生型が存在する。
M113はベトナム戦争中に米軍によって広範に使用され、兵員輸送任務だけでなく直接戦闘任務にも投入された。その後も冷戦期を通じて運用が続き、1991年の湾岸戦争の「砂漠の嵐作戦」でも多用された。
ただ、M113は装甲が比較的薄く、地雷に対しても脆弱なため、現代の脅威に対する生存性には限界があった。冷戦後期以降、米陸軍はM2ブラッドレー歩兵戦闘車をはじめとするより防護力の高いプラットフォームへの移行を進め、それは2000年代に入り加速した。それでも多数のM113が引き続き運用され、グローバルな対テロ戦争でも使用された。米軍は現在、M113を段階的に退役させ、AMPV(装甲多用途車)に置き換えている。



