手元の鳥。ありのままの自分を再定義する
さて、ここからが経営理論「エフェクチュエーション(実効理論)」の実践です。
まずは第一原則である「手元の鳥」を適用しました。多くの経営者は「市場に何が求められているか」という外側の世界から考え始めますが、優れた起業家は「自分は何者か」「何を知っているか」という、今手元にあるリソースから始めます。
池原酒造にとっての手元の鳥とは、まさにその強烈な個性そのものでした。
私は、スコッチ・ウイスキーの聖地、アイラ島の話をしました。アードベッグやラフロイグといった銘柄は、正露丸のような薬品臭や強烈な煙の香りを持ちます。初めて飲んだ人は顔をしかめるかもしれません。しかし、一度その虜になった愛好家は、世界中に存在し、彼らは他のどんな高級酒よりもその「癖」をこそ愛し、高値を払うことを厭わない。
白百合の土の味も、同じではないか。これは克服すべき欠点ではなく、他が逆立ちしても真似できない圧倒的なアイデンティティだ。変えるべきは味ではなく、その評価の軸ではないか。
この「弱みを強みに読み替える」視点の転換、つまり強みの「再定義」こそが、すべての始まりでした。
クラブハウスの作戦会議と知念紅型研究所
私は沖縄に住んでいるわけではありません。そこで、オンラインで作戦会議をすることにしました。当時、世の中で流行していたのが、音声SNSの「Clubhouse(クラブハウス)」でした。
私たちはこのクラブハウス上で、あえて「誰もが入ってこられる公開作戦会議」という形で、池原酒造の未来を語り合い始めました。すると、その熱量に引き寄せられるように、一人の伝統職人が現れたのです。それが、琉球紅型の老舗、知念紅型研究所の知念冬馬さんでした。
伝統産業の苦境を知る者同士、すぐに意気投合しました。「紅型という伝統美で、池原酒造の伝統の味を包もう」。この出会いが、最初の大きな一歩となりました。
ここでエフェクチュエーションの第二原則「許容可能な損失(アフォーダブル・ロス)」を実践しました。いきなり多額の資金を投じて大量生産するのではなく、まずは数量限定でコラボ商品を展開することにしたのです。万が一外れても、致命傷にならない範囲で小さく始める。しかし、この取り組みは戦略的なプレスリリースの甲斐もあり、驚くべきスピードで拡散されました。
NHKの「おはよう日本」やAbemaTV、地元の新聞各紙。メディアは「伝統と伝統の新しい挑戦」を好意的に取り上げました。この瞬間、池原酒造に対する世間の評価、そして池原さん自身の「自分たちの酒に対する誇り」が劇的に変わり始めたのです。


