経済・社会

2026.04.03 10:15

分断や対立と距離を置いた韓国映画 『済州島四・三事件 ハラン』

韓国南部の済州島で1948年、政治的な対立から軍や警察によって数万人の島民が虐殺された。この事件を扱った韓国映画『済州島四・三事件 ハラン』が4月3日からポレポレ東中野(中野区)などで全国順次公開される。主人公は、事件に巻き込まれた26歳の母アジンと6歳の娘ヘセン。2013年から済州島に移り住み、毎年4月に行われる追悼行事に出席してきたハ・ミョンミ監督は「事件の中心にいた人物ではなく、周辺にいた弱い女性や子供を取り上げたかった」と語る。

映画では、弾圧する側の軍人も抵抗する島民たちも「理想の社会」という言葉を使う。ハ監督は「人によって理想の社会は異なる。軍にとっての理想の社会も、島民たちにはそうではなかった」と説明する。同じ「理想」でも、人によって受け止め方が違うことを作品は訴えている。

映画に出てくる人物も様々だ。残虐な行動を厭わない軍人も疑うことを知らない島民もいる。一方で、主人公をだまして弾薬運びをさせる島民もいれば、主人公を発見しても見て見ぬふりをする軍人も登場する。ハ監督は「軍人も国家暴力の被害者だと考えている」と語る。実際、済州島に派遣された軍人のなかには、虐殺行為に耐えられずに精神を病んだり、家に戻りたくて海でおぼれ死んだりした人も出たという。

ハ監督は「特に結論を書かない」と決めていたという。「四・三事件の悲劇の一つは、家族のなかに加害者と被害者がいたことだ。加害者と被害者がいるなか、村で多くの人々が一緒に暮らしていかなければならなかった。善悪の二分法では解決しない」と語る。

韓国では四・三事件のほか、朴正煕元大統領が起こした5・16軍事クーデター(1961年)、多くの市民が虐殺された光州事件(1980年)など、歴史的な事件の解釈を巡って様々な政治対立が繰り返されてきた。朴槿恵政権当時、国会答弁に立った政府当局者が5・16軍事クーデターについて「クーデター」という言葉を使った。答弁後、この当局者は別の当局者から「なぜ、革命と言わないのか」と叱責されたという。光州事件でも、保守勢力の中には「北朝鮮による工作だった」と信じる人もいる。芸術文化分野でも過去、こうした政治的な対立と軌を一にした主張も見られた。「公的な支援を控える芸術・文化人のリスト(ブラックリスト)」を作成した政権もあった。

ところが、最近は徐々にこうした二分法ではなく、なるべく両陣営の言い分に耳を傾けるべきだとする傾向が広がっている。光州事件を扱った映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」(2018年)では、主人公たちを見逃す軍人も描いた。不況で人員整理を迫られた韓国造船所の人々を描いた韓国映画「ただ、やるべきことを」(2023年)は、「労働者と会社・資本家」といった従来の韓国で描かれてきた視点を離れ、同じ会社員同士の葛藤を描いた。どちらの監督も、社会を単純な構図で見ることへの問題点を指摘していた。

ハ監督は「最近、SNSやインターネットの発達で、考えの違う人同士が対話をしないのは、悲しくて痛ましい。どんな相手であろうと、話を聴かないのは大きな問題だ」と語る。そのうえで、「脇役になるような人々の声を大きくして大衆化することに関心がある。多様な声、多様な視点を集めることで、平和な世界が来るのではないかと思う」と語る。毎年の追悼式で目にする、墓碑に刻まれた無数の犠牲者の名前を眺めながら、こうした考えに至ったのだという。

韓国の政界では相変わらず、保守と進歩(革新)の激しい対立が続いている。2024年12月の戒厳令も、こうした対立の産物の一つだった。韓国の政治家たちは映画や文化にもっと触れて、自分たちの考え方がいかに旧態依然としたものなのかに気づいた方がよいだろう。

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文=牧野愛博

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