ガスには戦略備蓄がない
石油には、国際エネルギー機関(IEA)や各国政府が緊急時に放出できる数億バレル規模の戦略備蓄がある。一方、LNGにはこれに匹敵するものはない。石油危機に備えた安全網を構築するために、国際社会は数十年の歳月を費やしてきたが、ガスに関しては、こうした対策が施されてこなかったのだ。その視点の甘さが、今や全世界を巻き込む問題となっている。
たとえ明日、戦闘が終結したとしても、ラスラファンのLNG施設はそれほど簡単に再稼働できるものではない。同施設では、貨物を生産・出荷できるようになるまでに、数週間にわたる入念な再稼働手続きが必要となる。しかし、それは問題のほんの一部に過ぎない。度重なるミサイル攻撃による被害は甚大で、完全な修復には最大5年かかるとみられている。しかも、戦闘が完全に終結するまでは、修復作業員が内部に足を踏み入れることは一切許されない。
カタールのサアド・シェリダ・カアビ・エネルギー相は、同国のLNG輸出の混乱が当初の想定よりはるかに長引く可能性があり、操業再開には戦闘行為の完全な停止が必要だと述べた。ガスの生産は1つの課題だが、輸送もまた別の問題だ。筆者の取材に応じた危機管理の専門家アリ・ジャッバーは、輸送費や保険料も判断材料になると指摘する。「LNGを輸送するための船舶を借りるのは非常に高額で、1日当たり40万ドル(約6400万円)ほどになることもある。さらに、保険料が大幅に値上がりしており、多くの企業がリスクを負うことに二の足を踏んでいる」
カタールの混乱による不足分は、他国が生産を拡大したとしても補うことはできない。最も有力な代替候補である米国とオーストラリアは、既に自国の施設が処理できる限界までLNGを生産しており、稼働を待っている遊休設備は一切ない。ナイジェリア、アルジェリア、トリニダード・トバゴは、それぞれ独自の供給上の制約を抱えている。カタール以外の世界中の国が現実的に増産できる量をすべて合計しても、200万トンにも満たない。だが実際には、今月だけで市場からは580万トンのLNGが消失している。
多くの報道機関は、日本や韓国が差し迫った苦境に直面していると伝えているが、最も不安定な状況にあるのは台湾だ。同国は昨年のLNG輸入量の35%をカタールとアラブ首長国連邦(UAE)に依存していた。さらに事態を悪化させているのは、台湾は昨年半ば、最後の原子力発電所を閉鎖するとともに複数の石炭火力発電所の稼働を停止したため、電力供給源がほぼなくなってしまったことだ。ウッド・マッケンジーによると、インドも天然ガスの約58%を中東から輸入しており、同地域の情勢の影響を受けやすい。シンガポールも、天然ガスの27%を中東から調達している。


