モンテ・シエルペの立地もまた、この遺跡の機能に影響を与えた可能性がある。この丘陵地は、ペルー沿岸平野とアンデス高地の中間に位置するチャウピユンガ生態帯にあり、異なる地域の共同体が農作物や魚、加工品などを交換するために集まる中心地として機能していた可能性がある。
さらに研究者たちは、この穴の配置と、アンデス地域の記録システムであるキープ(結縄)との類似性も指摘している。キープは、結び目のある紐をグループ化して数値情報を記録するものであるが、一部の穴のクラスターには、同じ渓谷で発見されたキープの数的構造と似た繰り返しパターンが見られるという。
ある穴から回収された木炭の放射性炭素年代測定により、この遺跡が使用されていたのは14世紀頃であることが示された。この時期は後期中間期と、その後に続くインカ帝国の拡大期と重なり、同帝国が労働力や資源を管理するための行政システムを整備していた時期でもある。
インカ統治下では、共同体はミタ制度と呼ばれる輪番制の労働義務を課されることが多く、農業や建設、国家事業に従事していた。研究者たちは、この「穴の帯」がこの時期において、物資や労働の提供を整理・計測するために利用されていた可能性があると指摘している。
これまでにも、この穴については防御施設、水の収集システム、農業用設備など、さまざまな仮説が提唱されてきた。しかし研究者たちは、植物遺存体の分布や、配置に見られる一貫した数的パターンが、組織的な保管や計測機能とより整合的であると述べている。
もっとも、「古代の会計システム」というこの解釈はまだ仮説の段階だ。それでも考古学者たちは、この遺跡が、アンデスの社会が物理的な景観を利用して交易ネットワークや資源配分を管理していた可能性について、新たな洞察を与えるものだとしている。
なお同様のシステムがアンデスの他地域にも存在したかどうかを明らかにするには、さらなる発掘調査や比較研究が必要であると研究者たちは注意を促している。
※本稿は英国のテクノロジー特化メディア「Wonderfulengineering.com」の記事からの翻訳転載である。


