全国のまちこうばを訪ね歩くうちに、私はある問いを持つようになりました。なぜ、これほどの技術と熱量を持つ人たちが、自分たちの価値に気づけないのか──。
そして、その「沈黙の価値」を世界に届けるには、何が必要なのか。
大阪市生野区での3年間のプロジェクトは、その答えを探す旅でもありました。答えはシンプルです。「協業」ではなく「共創」——その違いを生むのは、契約書でも予算でもなく、「共感」と「余白」という二つの力でした。
「うちには大した技術なんてないよ。ただ言われた通りに作ってるだけだから」
全国のまちこうばを訪ね歩くと、職人さんたちから必ずと言っていいほどこの言葉を聞かされます。しかし、その「当たり前」の裏には、世間を驚かせるような圧倒的な技術と熱量が隠されているのです。
私はかつて八尾市役所で「変態公務員」と呼ばれ、現在は民間企業である友安製作所の執行役員として、官と民、そして企業とクリエイターの間を繋ぐ「バウンダリー・スパナー(境界を越える者)」として活動しています。私の主な仕事は、こうした現場の「沈黙の価値」を言語化し、外の世界へ届ける「翻訳者」になることです。
ビジネスの現場ではよく「オープンイノベーション」や「協業」という言葉が飛び交いますが、翻訳なき協業は単なる「外注」で終わってしまいます。「熱い想いが心に響いた」「この人と何か一緒にやりたい」という共感から始まるのが「共創」であり、真の共創はそう簡単には解消しない強固な結びつきを生み出します。
今回は、大阪市生野区での3年間のプロジェクト「生野ものづくりタウン事業」を通じて見えてきた実例から、まちづくりの本質と、組織の境界線を溶かすアプローチについて紐解いていきます。
遠くの果実より、近くの誇り:デザイン思考とインサイトの発見
大阪市生野区内だけでも、ものづくり企業の数はなんと1600社に上ります。日本有数のものづくりのまちである八尾市が市域全体で約3000社であることを考えると、いかに生野区が凄まじい密度の集積地であるかがわかります。
もちろん自社ブランドを確立した企業もいますが、その大半は下請けや賃加工の企業です。つくるものは全て部品や誰かのブランド名で発表されるばかりで、彼らは長年「縁の下の力持ち」であり続けました。そんな中で、私たちはまず現場を知ることからスタートしました。
生野区でのプロジェクトは、当初「スタートアップとの協業を模索する事業」として公募されていました。別の地域で成功したオープンイノベーションの経験から、「この地域でも最先端のスタートアップと掛け合わせれば化学反応が起きるのではないか」。そんな淡い期待が区役所にもあったのを今でも覚えています。
しかし、生野区の皆さんの手引きのもと、現場のものづくり企業の方々と対話や意見交換を重ねるうちに、私は強烈な「違和感」にぶつかりました。彼らが求めていたのは、新興企業がもたらす「遠くにある果実への投資」ではなかったのです。それよりも、「近くにある自分たちの誇りや、長年培ってきた技術力をまずは知ってほしい」という切実な本音がそこにはありました。
それもそのはず、一括りに「ものづくり」といっても、抱えている課題は一括りにできません。現場に足を運び、じっくりと観察・対話を重ねることで初めて、表面には見えない本当の課題が浮かび上がってきます。私たちはすぐさまプロジェクトを設計し直し、スタートアップとの協業から、「技術力や企業の存在意義を見える化する商品開発」へと大きく舵を切りました。



