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2026.03.30 15:00

AIを本物の医師にしたい──65歳の連続起業家がFDA承認に挑む理由

連続起業家のマーティン・バルサフスキー(Photo by Kevin Dietsch/Getty Images)

連続起業家のマーティン・バルサフスキー(Photo by Kevin Dietsch/Getty Images)

連続起業家のマーティン・バルサフスキー(65)はこれまで、自身が把握しきれないほどの数の事業を立ち上げてきた。十数社にも上るうち、いくつかは評価額が10億ドル(約1590億円)を上回った。

そのバルサフスキーがこの冬、テキサス州オースティンを本拠に「Certuma」というスタートアップをひっそりと立ち上げた。Certumaは、創業してきた企業群の中でも最大の事業になる可能性があるという。目的は、医療現場で実際に診断や医薬品の処方を行えるほど賢く、しかも安全な「人工知能(AI)ドクター」の実現だ。彼はすでにベンチャーキャピタルから1000万ドル(約15億9000万円。1ドル=159円換算)を調達しており、米食品医薬品局(FDA)の承認取得を目指している。

誰もがAIに医療的なアドバイスを求める時代と、医師不足の深刻化

「今では誰もがAIに医療的なアドバイスを求めるようになった。しかし、実際に対応を求めると、AIは的確な診断結果を示した後で、『私は医者ではない』と言う」と、バルサフスキーは指摘する。処方箋を出してもらう場面や検査の予約についても、AIは同じ答えを繰り返す。「私はこの問題を解決したい。そのために、FDAと各州の双方に認められるAIを作ろうとしている」。

AIドクターは、コロナ禍で遠隔医療が役立ったのと同様に、医療現場の重要な課題を解決する可能性がある。医師の数が不足し、必要とするすべての人に医療が行き届いていないことが背景にある。特に地方ではその傾向が顕著で、医師不足は今後深刻化すると見られている。米国では1億人以上がプライマリケア(初期診療)へのアクセスに課題を抱えている。また、全米の郡の約46%には心臓専門医が存在せず、地方ではその割合は86%に達する。

診断対象に絞った25疾患は、意思決定フローが明確なもの

Certumaは当初の診断対象として、尿路感染症や喉の痛みなど25の疾患を想定している。これらの症状はいずれも標準的な手順で治療できる一般的なものだが、それでもプライマリケア医の多くの時間を占めている。

「私たちは、医療リスクが低く、対応の意思決定フローが明確に定義されている疾患を対象としている」と、Certumaの最高医療責任者アルマンド・クエスタは説明する。同社の目標は、AIドクターがこれらの疾患について診断だけでなく、基本的な治療まで行えるようにすることだ。

AIが誤れば患者に危害が及ぶリスクがあり、命を奪う可能性や安全対策が機能しない恐れ

AIドクターが抱える最大のリスクは、誤った助言や不適切な治療を提示し、それが患者に危害を与える、あるいは命を奪う可能性がある点にある。そうした誤りを防ぐための安全対策が機能しない恐れもある。この構想はまた、「医師とは何か」という根本的な問いも突きつける。医師の業務の一部は自動化できるとしても、最終的な判断を人間に代わって機械が担うことには強い抵抗感が伴う。

バルサフスキーは、技術面での安全対策の構築が課題の半分にすぎないと考えている。残りの半分は、規制当局の承認を得ることだ。Certumaは、ジョー・ロンズデール率いる8VC主導のシードラウンドで、評価額6000万ドル(約95億円)で1000万ドル(約15億9000万円)を調達した。Certumaは現在、米国とバルサフスキーの母国アルゼンチンの双方で並行し事業を進めている。

アルゼンチンでは臨床試験のコストを大幅に抑えられる上、バルサフスキーは、リバタリアンの大統領ハビエル・ミレイとのつながりを持っている。米国での承認取得までには長い道のりがあるが、バルサフスキーは、それを可能にする実績を積んできた。彼はこれまで、北米最大級の不妊治療クリニックのチェーンを築き上げた経験を持ち、FDAの監督下で進める必要がある医療とテクノロジーの交差領域での起業経験も豊富だ。フォーブスは、バルサフスキーの純資産を少なくとも7億ドル(約1113億円)と推計している。

AIドクターに対するFDA承認プロセスは不透明

AIドクターに対するFDAの承認プロセスは、現時点ではまだ明確に定まっていない。FDAはこれまで、放射線画像の解析や脳卒中の早期検知といった特定の臨床用途に限ってアルゴリズムを承認してきた。しかし、検査の指示や処方、複数の疾患の診断を行う「医師」としてのAIを承認する上では、用途ごとに実績を積み上げていく必要がある可能性が高い。例えば、まず尿路感染症への対応で承認を得てから、別の疾患へと対象を広げていくといった段階的な進め方が予想される。

州と連邦政府の間に権限を巡る対立が生じ、保険適用も未解決のまま

状況はより複雑化する可能性がある。米国では医師の免許は連邦政府ではなく州が発行しているため、処方のような医療行為の一部については州当局が管轄することになる。そのため、州と連邦政府の間で権限を巡る対立が生じる可能性もある。加えて、新しい医療技術に共通する課題として、それを保険の適用対象にどう組み込むかという問題も残る。

「これは苦しく、長く、困難なプロセスになる」とバルサフスキーは語る。「だが、私が手がけてきたことの多くは、苦しく、難しく、時間のかかるものだった。そして最終的には成果につながってきた」。

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翻訳=上田裕資

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