暗号資産

2026.03.27 15:00

顧客はなぜ動かないのか──暗号資産に学ぶ、休眠ユーザーを動かす報酬設計の原則

Juan Alejandro Bernal / Shutterstock.com

Juan Alejandro Bernal / Shutterstock.com

「良い商品があるのに、なぜ人は使わないのか」──この問いは、金融、保険、小売、あらゆる業界が抱える共通の難題だ。原因は商品の質でも技術でもない。人間の心理と、インセンティブ設計のミスマッチにある。

その構造的課題が今、暗号資産のインフラ上で可視化されている。Solana(ソラナ)という高速・低コストのブロックチェーン基盤では、独自の暗号資産SOLを保有する小口ユーザーの約80%が、「ステーキング」と呼ばれる収益化の手続きを1度も行っていない。ステーキングとは、保有資産をネットワーク運営に供出し、年率5〜7%程度の報酬を得る仕組みだ。申し込まなければ何も受け取れない点で、銀行預金の利息とは異なる。

では、なぜ人々は動かないのか。月2〜3ドルという「本物だが小さすぎる」リターンは、脳が行動を起こすのに十分な理由にならない。これは米国で長年問題視されてきた401(k)(確定拠出型年金)の低加入率や、高利回り口座の存在を知りながら普通預金から動かない消費者行動と、まったく同じ構造だ。

解決策は、英国で70年の歴史を持つ「プレミアム・ボンド」の発想にある。利息を均等配布するのではなく、プールして抽選で賞金として配る──その設計思想が、暗号資産の世界で静かに応用されつつある。

少額保有者の約80%が、年率5〜7%のステーキング報酬を1度も受け取っていない実態

これはSolanaだけの問題ではない。あらゆる金融プラットフォームは、いずれ同じ壁に突き当たる。プロダクトは機能している。リターンも実在する。登録手続きもシンプルだ。それでも、何百万人もの潜在ユーザーが行動を起こさない。

これはテクノロジーの問題ではない。人間の行動の問題であり、「今日、小さくリスクの低い判断をすれば、時間をかけてゆっくりリターンが得られる」という場面があるすべての業界で繰り返し見られる現象である。

銀行は預金口座の普及率でこれを目の当たりにしている。退職年金プラットフォームは拠出率でこれを実感している。そして今、世界の金融界で最も注目されているインフラネットワークの1つが、まさに同じ課題に大規模に直面している。

Solanaは、初期のインターネットのようなものだと考えるとわかりやすい。懐疑論者だらけの中から始まった新しい金融インフラが、今や本格的な資金を呼び込んでいる。2025年米国では、大手投資会社がSolanaベースのファンドを一般投資家向けに提供し始めた。かつてインデックスファンド(市場指数に連動する投資信託)が預金口座を持つ誰にでも株式市場への道を開いたのと同じ構図である。

そうであれば、一般の保有者もネットワークが提供する機能を十分に活用しているはずだと思うだろう。しかし、オンチェーンデータ(ブロックチェーン上に記録された取引データ)を独自に分析すると、実態はもっと複雑だ。1〜100SOL(Solanaの基本通貨単位)を保有するウォレットのうち、227万件以上が保有資産を1度も運用に回したことがない。これは、ワンクリック先に預金口座があるのに当座預金口座に現金を置き続けているようなものである。データ分析プラットフォームDune(デューン)によれば、同じ保有規模で実際に運用へ踏み出したウォレットはわずか約56万9000件にとどまる。

公平を期していえば、全体像は健全だ。

Solanaの総供給量の67%以上がすでにネットワーク内でアクティブに運用されており、この参加率は主要な金融指標と比べても遜色ない。問題が顕在化するのは、少額を保有する一般ユーザー層に限った場合である。わずかな資産を持ち、より有利な選択肢があることも知りながら、それでも動かない──このパターンは、消費者金融、保険、退職年金の設計に携わる人間なら誰でも見覚えがあるはずだ。どの分野でも同じ現象が起きているからである。

月2〜3ドルという本物のリターンが、行動経済学的に人を動かすインセンティブとして機能していない

Solanaの標準的なステーキング(保有する暗号資産をネットワーク運営に供出して報酬を得る仕組み)のリターンは年率5〜7%である。暗号資産データサイトCoinMarketCap(コインマーケットキャップ)によれば、少額の残高では月にわずか2〜3ドル程度の収益にしかならない。リターンは確かに存在し、リスクも低い。しかしまさにこの「リターンは実在するがリスクも低い」という組み合わせこそが、人を動かせない要因なのだ。

行動経済学者はこの現象に名前をつけている。報酬が意味を感じられないほど小さく、しかも行動との因果関係を実感できないほどゆっくり届くとき、脳はその判断を「あとで」と名付けたフォルダーに分類する。「あとで」は「永遠にやらない」に変わる。何もしないことが初期設定になり、その不作為が時間とともに静かに積み重なっていく。

この行動を直接研究しているSolana基盤のステーキングプラットフォームTramplin(トランプリン)のCTO(最高技術責任者)ニック・シュテファンは、こう端的に述べている。「少額の残高で報酬がわずかだと感じられると、初期設定は『何もしない』になります。人々が関心を持っていないからではなく、行動する明確な理由をシステムが提示できていないからです」。

これは、高利回りの代替手段があるにもかかわらず、何百万人ものアメリカ人がゼロ金利の当座預金口座にとどまり続けるのと同じ力学である。自動加入の仕組みがない企業で401(k)(企業型確定拠出年金)の加入率が低迷するのも同じ構造だ。プロダクト自体が障壁なのではない。心理的な報酬設計の問題なのだ。

次ページ > 英プレミアム・ボンドが70年間実証してきた賞金連動型の設計を、ステーキングの報酬構造に応用

翻訳=酒匂寛

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事