映画

2026.03.25 15:15

韓国では誰もが結末を知る悲劇を描いた「王と生きる男」が大ヒットする理由

ソウルにある朝鮮時代の宮殿「昌慶宮」の正殿「明政殿」(Richie Chan - stock.adobe.com)

単なるコンテンツ消費ではない

また、ビジネスの観点から見ても、『王と生きる男』の成功は、作品の内容だけでなく、公開タイミングとマーケティング設計にも支えられている。

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まず目を引くのは、旧正月の3連休(2月16日〜18日)を見据えた公開戦略だ。連休本番より早いタイミング(2月4日)で封切ることで、競合作品と直接ぶつかるリスクを避けながら、口コミが連休に向けて熟成される流れを醸成した。

家族や友人が集まる連休に先立ち、「これは1人で観るより、誰かと一緒に観たい映画だ」という評価がSNSで拡散し、「連休にみんなで観るべき作品」として自走し始める。

また、マーケティング上でも観覧単位の設計に特徴がある。韓国のシネコンが公表するデータでは、本作は3人〜4人単位で観賞する観客が目立ったとされる。

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観客が劇場に足を運ぶ際、「端宗の映画だから歴史が好きな親と観に行こう」とか「家族で観て世代を超えて話したい」といった動機づけを促すプロモーションも意識的に行われていた。

そこには、韓国映画産業が直面してきたコロナ禍のパンデミック後の課題への明確な回答がある。すなわち、「なぜいま、映画館に行くのか」という問いに対し、『王と生きる男』は「歴史をめぐる感情と議論を、複数人で共有する場」としての劇場価値を提示したのだ。スクリーン体験そのものが、単なるコンテンツ消費ではなく、「社会的な行為」として再定義されたのである。

また、既知の歴史を「現在化」するストーリーテリングしていることもこの作品の特徴だ。『王と生きる男』が、単なるよくできた歴史映画にとどまらない理由は、このストーリーテリングの設計にあると言える。

物語の前半は、端宗を守る「王と生きる男」の日常と、幽閉された王とのささやかなやり取りがコミカルに描かれる。監視、密告、権力闘争という重いテーマを扱いつつも、登場人物たちの言葉や仕草には現代的なユーモアが宿り、観客は笑いながら彼らの世界へ引き込まれていく。

しかし物語が進むにつれ、笑いは徐々に緊張へと変わり、やがて避けられない悲劇へと収束していく。観客はすでに端宗の最期を知っているがゆえに、「この穏やかな時間が壊れる瞬間」を予感しながらスクリーンを見つめる。その感情の落差こそが、本作の最大の「装置」だ。

重要なのは、この構造が単なる感動のためのギミックに終わっていない点である。幽閉された王の側にとどまり続ける男の姿は、「自分の生活を犠牲にしてまで、誰かに忠誠を誓う価値があるのか」という問いを観客に投げかける。これは、企業や組織、国家に対する忠誠と個人の「生」をめぐる、現代的なジレンマのドラマでもある。

韓国の若い観客の間では、「端宗の顔が、非正規雇用で搾取される若者や、政治に翻弄される市民の顔と重なって見えた」という声も多く聞かれる。『王と生きる男』は、歴史を現在に翻訳することで、過去と現在を一直線に結ぶ鏡像効果を生み出している。

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文=アン・ヨンヒ

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