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2026.03.22 11:39

石油とAI、重要なのは存在であり生産地ではない

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個人であれ国家であれ、石油や人工知能(AI)の供給を不安視する必要は一切ない。後者は、それが通りを挟んだ向かいで調達されようと、地球の反対側で調達されようと同じことである。

石油やAIの入手を妨げる唯一の障壁は、生産が不足していることだ。言い換えれば、生産があるところには、生産量に見合っただけの石油とAIが常に存在する。世間の通念がそうではないと言い張るのとは対照的に、これが市場の働きである。

イランへの爆撃を受けた米国の石油供給について、最近のウォール・ストリート・ジャーナル論説には「石油は世界市場で取引されるため、米国人は短期的にはより高い価格を目にするだろう。しかし1970年代とは違い、実際の供給不足に直面するリスクはほとんどない」と書かれていた。石油の価格が世界市場で形成されるという点は確かに正しいが、1970年代に米国人が石油の供給不足に苦しんだというのは、明らかに誤りである。

その証拠として挙げられるのが、1937-2003年に生き、ウォール・ストリート・ジャーナルの社説面の編集長を長く務めたロバート・バートリーだ。バートリーは、1992年の古典的著作The Seven Fat Years(原題)で1970年代について論じ、同時代にあった石油「ショック」や不足という通念を退けた。彼の言葉を借りれば「本当のショックは、ドルが石油や金、外国通貨、そしてほとんどあらゆるものに対して下落していたことだった」。

さらに言えば、サウジアラビアの石油相ヤマニは、いわゆるアラブの石油禁輸は「象徴的」なものだったと、はるか以前に認めている。米国人は禁輸期間中も、それ以前と同じだけのOPEC石油を消費していた。単に、アラブ諸国が販売していた相手先から、アラブの供給分を調達したにすぎない。繰り返すが、市場で取引される財の供給を妨げるのは、生産不足だけである。

それでも、石油の多くが世界でも特に経済的に立ち遅れた地域で産出されるという事実は、いわゆるエネルギー自立を崇拝することへの当然の疑問を呼び起こす。世界最大の産油国としての地位を追い求めることで、米国内ではどれほどの経済成長を失っているのか。そして、その答えが石油価格の低下だというなら、考え直したほうがいい。米国が「エネルギー依存」だった1980年代と1990年代のほうが、石油ははるかに安かった。バートリーのドルに関する議論を見れば、その理由は理解できる。

ここでAIに話を移そう。エヌビディアのCEOであるジェンスン・フアンは、それを「労働(work)」だと的確に表現している。まさにその通りだ。機械が私たちの代わりに行い、考える。だからこそ、その可能性は非常に大きい。

なぜなら、人間に代わって行い、考えるものは、他の何にも増して人間の努力の価値を引き上げるからだ。分業を思い浮かべてほしい。分業は長きにわたり、世界の富を大きく増やし、その結果として豊かさをもたらし、そして働き手をより幸福にしてきた。個々の才能を高める分業そのものによって、働き手は幸福になるのである。

すると、本来は生じないはずの難題が浮かぶ。先日、テック関係者が多く集まる夕食会で、ある米国のAI起業家が、エヌビディアのチップによって生み出されたDeepSeekのような中国製AIが、米国の同種のAIを「圧倒している」と述べた。恐ろしいだろうか? 恐れる必要はない。

その理由を理解するには、私たちが石油について考えるべきのと同じように、AIについて考えることが重要だ。AIの偉大さは、どこから来たかにあるのではない。人間である私たちにとって、その存在が何を意味するのか、そしてその存在によって生産性がどれほど飛躍するのかにある。

回りくどい言い方になったが、要するに誰もが知っていることだ。石油とAIはいずれも進歩に不可欠である一方で、経済に最大の影響を及ぼすのは、両者によってもたらされる生産という結果であり、今後もそうである。だからこそ、どちらの原産国かを心配するのではなく、人生を変え得る両者の存在に胸を躍らせよう。

forbes.com 原文

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