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2026.03.20 11:54

インフラなくしてAIなし:新興国の発展を阻む構造的障壁

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メキシコシティの大学院生は、シミュレーションソフトにアクセスするための資金承認を得るのに3週間待たされる。教授の研究は、調達委員会がライセンス条件を議論している間に止まったままだ。政府の地図作成プロジェクトは、地元ベンダーが90日払いの支払い条件を引き受けられないために停滞する。

どれもAIそのものの話ではない。だが、そのすべてがAIが可能になるかどうかを決める。

世界のAIをめぐる議論はガバナンスへと移行している。バイアス監査、安全プロトコル、規制の枠組みといったテーマだ。しかし、これらの議論は参加者がすでに機能するAI能力を持っていることを前提としている。世界の多くの地域では、制約はそれより前に現れる。「インフラがなければAIはない」。今年2月に開催された「AI For Developing Countries Forum(AIFOD)バンコク・サミット」でパネリストがそう述べた。サミットは、途上国が、それを支える物理的・制度的インフラを保有しないままAI主権を実現できるのかという問いに向き合うために開かれた。

アドリアナ・バディージョは、実装に実際何が必要かを学ぶのに30年近くを費やしてきた。メキシコシティに拠点を置き、大学や政府機関向けに科学技術計算ソフトウェア、研修、技術サポートを提供するGlobal Computingのディレクター・ジェネラルとして、ライセンスソフトの輸入、現地技術スタッフの認定、ボリューム契約の交渉、政府顧客が90日遅れで支払う際のキャッシュフロー負担の吸収といった、華やかさとは無縁の仕事を通じて技術移転を支えてきた。

「私の使命は、より発展した国々と自国との間のギャップを埋めることだった」とバディージョは語る。「生産性と研究効率に深い影響を与える重要プロジェクトを推進できるよう、機関が最先端の技術にアクセスできることを確実にするためである」

このギャップは数値化できる。メキシコはSalesforceのGlobal AI Readiness Indexで15.3点だった。世界平均は22.1点、米国は39.7点である。導入スコアは3.3で、世界平均の5.8を大きく下回り、国家戦略を実装されたユースケースへ転換することの難しさが根強いことを反映している。ラテンアメリカ全体では、世界トップ50に入っているのはブラジル、チリ、ウルグアイのみであり、2026 AI Readiness Indexによれば、テクノロジー分野は同地域で最も弱い柱であり続けている。

国連の報告書は、同地域の課題がランキングを超えることを示している。ラテンアメリカは世界GDPの6.6%を占める一方で、世界のAI投資のうち流入するのは1.12%にすぎない。Latin American Artificial Intelligence Index(ラテンアメリカAI指数)によれば、ブラジルは同地域の高性能計算(HPC:High-Performance Computing)能力の90%以上を保有し、他国は海外インフラへの依存を余儀なくされている。さらに、一般的なAIリテラシーは向上しているものの、AIの専門人材1人に対し、一般知識しか持たない人が少なくとも4人いる。これは研修面のボトルネックであり、同地域が自前の解決策を開発する能力を制限している。評価対象となった19カ国のうち11カ国は、AIの博士課程プログラムを提供していない。

AIの基盤(サブストレート)問題

AIは自律化しつつあるかもしれないが、AIへの備えは自己増殖的(オートガマス)である。強固な研究計算インフラを持つ国は、訓練された研究者を輩出し、その研究者がデータパイプラインを構築してAI導入を可能にする。土台を欠く国は、才能や野心がないからではなく、前提条件に資金が回らないために、格差が拡大していく。

大学が機械学習モデルを訓練する前に必要なのは、統計計算に習熟した研究者である。だが、その研究者が存在する前に、誰かがソフトウェアを機関に導入し、教員に使い方を教え、ライセンスが年々更新されることを担保しなければならない。Global ComputingがMathematicaをメキシコのほぼすべての大学に根付かせるまでには、長年の現場での直接的な取り組みが必要だった。その成果は、管理者がバディージョにこう語るほど深い制度的コミットメントとして表れた。「清掃用品の予算はないかもしれませんが、Mathematicaの予算は保証されています」

こうした導入の水準は、政策発表だけで実現するものではない。認定トレーナー、ボリュームライセンス交渉、そして調達システムが機能しないときに与信を提供する意志を持つベンダーによって実現する。

国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)の事務局長ホセ・マヌエル・サラサール=シリナクスは、Latin American Artificial Intelligence Indexの最近の発表の場で、率直にこう述べた。AIが同地域の「開発の罠」を乗り越えるには、インフラ、人材、イノベーション、ガバナンスのギャップを埋めるために、デジタル化政策を生産的開発政策と整合させなければならない。指数が見いだしたところでは、多くの国のAI戦略は有効な実施メカニズムを欠いている。

調達が生む「見えない税」

構造的障壁は、AI戦略文書を起草する政策立案者には見えにくい。バディージョは、最安値の確保を目的として設計された硬直的な入札プロセスが、実際には質の高いベンダーを遠ざけている調達環境を描写する。政府機関は支払いたい金額を一方的に決め、広範な法的保証を要求し、そのうえで30〜90日の間、ベンダーに購入資金を立て替えさせる。中小企業はこの負担を抱え込むか、抱え込もうとして破綻する。

このシステムは長期的能力よりも低価格を最適化し、持続的な制度的関係を築くのではなく、ベンダーの入れ替えを繰り返す。AIと米墨関係に関するベーカー研究所の最近のシンポジウムは、メキシコのAIへの備えを制限する要因として3点を挙げた。公共の計算インフラへのアクセスの限定、熟練専門職が海外へ移住することによる大きな人的資本流出、そして分野横断で不明確な倫理的枠組みである。メキシコの労働力準備スコアは2.9で、世界平均の4.5を大きく下回る。これは、実務に即したAI研修の不足と、リスキリングのパイプラインの限定を反映している。

AIは借りるのか、つくるのか

バンコク・サミットの「デジタルインフラ」産業ラウンドテーブルでは、議論が決定的なトレードオフに収れんした。途上国は国内データセンターに数十億ドルを投じるべきか、それともグローバルなクラウドプロバイダーの恒久的な借り手であり続けるべきか。スピードとスケーラビリティは借りる方向へ引っ張り、依存とデータ主権の喪失はつくる方向へ押し戻す。ほかのパネリストは、ガバナンスは政策文書で提唱されるだけではなく、インフラそのものによって強制されるべきだと主張した。データの所在(データレジデンシー)、所有権、ベンダーロックインには、政策の乱立ではなく技術的解決策が必要である。

バディージョの立場は、政府が主導しなければならないというものだ。ラウンドテーブルで彼女は、メキシコのデータ・ローカライゼーション規則はなお不十分であり、現地開発への税制優遇や人材定着への投資がなければ、ラテンアメリカ諸国は恒久的な不利に陥るリスクがあると警告した。法的枠組みは、それを実行する制度的能力なしには意味をなさない。

ユネスコによれば、2023年末時点でメキシコのAIへのベンチャーキャピタル投資は1億5000万ドルで、食料・飲料への投資(1億7000万ドル)を下回った。それでもメキシコは2022年、ラテンアメリカでコンピュータサイエンスの修士課程修了者数が最も多かった。インフラとインセンティブがなければ、その人材は流出する。

移転で実際に移るもの

AIFODの枠組みはFAIR原則(Findable、Accessible、Interoperable、Reusable)を重視している。データガバナンスに有用な標準である。だが、原則が現実になるには運用の仕組みが必要だ。トレーナーを育てる人が必要である。シミュレーションから高性能計算まで、分野横断でスタッフを認定する人が必要である。そして大学に何年も通い続け、制度的な導入を定着させる関係性を築く人が必要である。

「AIを善の力として生かすには規制が必要だ」とバディージョは言う。「断固たる行動と協力を通じてのみ、社会はAIが開発を推進し、誰一人取り残さない未来を形づくることができる」

メキシコシティのどこかで、大学院生はいまもソフトへのアクセスを待っている。AIの未来を左右するのは最先端モデルよりも、彼女を待たせ続ける調達プロセスを修復するために、誰かが現場に現れるかどうかである。

forbes.com 原文

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