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2026.03.23 11:15

新結合で「ナラティブを継ぐ」 葛藤の先に見えたアトツギたちの生存戦略

左からファシリテーターのシンニチ工業代表取締役社長の木下雄輔氏、田村七宝工芸 5代目の田村有紀氏、岡崎竜城スイミングクラブ取締役の大森玲弥氏

愛知県岡崎市を中心に事業を展開する岡崎竜城スイミングクラブ取締役の大森玲弥氏は、流れの中でアトツギとしての覚悟を固めていった田村氏に、共感を示した。

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大森氏は生まれも育ちもアメリカ。高校時代、敬愛する創業者の祖父が難病にかかり、余命宣告されたのを機に帰国。看病を続けながら名古屋大学に通い、3年生の時に祖父を看取った後、悲しみのあまり地元を離れ、東京やイギリスの大学院で学んだ。そして家業を継承した母が2021年、アメリカのテキサス州ダラスにあるプールをM&Aしたという知らせを受け、大森氏は1年だけそれを手伝うつもりで家業に飛び込んだという。

しかし、コロナ禍でスイミングクラブが休業や営業制限を余儀なくされ、経営に大きな打撃を受けたことから、大森氏は本社で営業にも関わるようになった。

「改めて思ったのは、法人格はたとえ創業者が亡くなっても、続いていくものだということ。祖父の姿形はもうありませんが、祖父が作った会社は私が諦めなければ生き続けていく。それがすごく腑に落ちました。一度失った祖父を二度と失いたくない。祖父の人格が残るこの会社を未来へとつないでいくことが、私のミッションになっています」(大森氏)

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創業者の思いを「翻訳」する。新アトツギのかたち

模索しながらも進む道を選択した田村氏と大森氏の熱の込もった言葉に、深く頷いていたのが大塚伶美氏だ。

青山学院大学4年生の大塚氏は、大森氏の話が自分と重なると語った。大塚氏の実家は、祖父が熊本県で創業した馬肉製造業の千興ファームグループを営む。母が事業を継いだ直後、2016年に発生した熊本地震によって工場が全壊。当時、中学生だった大塚氏は、母が涙を流す姿や、懸命に家業を復興する様子を見て、アトツギとしての責任感を育んできたという。

「母は『継がなくてもいい』と言っているのですが、母がやってきたことを守れるのは自分しかいないと覚悟を決めています。卒業後は、いったん違う企業に就職しますが、そこで家業に必要なものをしっかりと学び、家業に還元させたいと思います」(大塚氏)

青山学院大学学生の大塚伶美氏
青山学院大学学生の大塚伶美氏

稲垣 桃氏は慶應義塾大学の学生でありながら、現代美術作家としての顔も併せ持つ。アートを、人々に社会問題を自分事化してもらうための手段だと位置付け、個展を開くなど精力的に活動している。

稲垣氏の母は2012年、企業のイノベーションや新規事業を支援するコンサルティング会社、QUALLIA inc.を創業。CEOを務めているが、稲垣氏は「母と私の得意とは完全には重ならないため、そのまま事業を引き継いでいくのは難しいと感じている」と心境を語った。

慶應義塾大学学生で現代美術作家の稲垣 桃氏
慶應義塾大学学生で現代美術作家の稲垣 桃氏

そして卒業後の進路について、まずは国内で働き、社会人として日本が抱えている課題を肌で感じたいという考えを明らかにした上で、アトツギであることの重みを端的に言い表した。

「継ぐか継がないか、どちらかの選択をすることによって、選ばなかった理由についての説明責任も生まれます。母の会社は代々続く家業ではありません。私は家業を守るというより、母の創業の意思や背景、母が築いてきた信用や関係性を次の世代に向けて翻訳するにはどうしたらいいのかを考える立場に、今いると思います。それをできるかどうかが、私にとっての覚悟だと思います」(稲垣氏)

次ページ > 守るために変える、家業の「真価」を問い直す挑戦

文=真下智子 編集=大柏真佑実

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