アティラ・ティニックは、クアルコムを無線イノベーションを基盤としつつ、先進コンピューティングと人工知能(AI)によってますます定義される企業だと語る。ティニックによれば、クアルコムは約40年前、「質の高い通信(quality communications)」に注力したアーウィン・ジェイコブス博士ら7人によってサンディエゴで設立され、その使命が社名の由来になった。同社が早期に確立したCDMA(符号分割多元接続)でのリーダーシップは、今日のコネクテッドな世界を支える3G、4G、5Gネットワークの礎を築くことにもつながった。クアルコムはモバイル半導体の先駆者として評価を高めたが、ティニックは、同社が現在では自動車向けプラットフォーム、IoT、エクステンデッド・リアリティ(XR)、PC、エッジコンピューティングを含む、はるかに広範な技術領域で事業を展開している点を強調する。「これまでクアルコムは主にモバイル半導体企業だと思われてきたかもしれない」とティニックは説明する。「だが今日、私たちは『あらゆる場所でのインテリジェント・コンピューティング』を可能にする、先進コンピューティングとAIの企業だと本気で捉えている」
ティニックはクアルコムの最高情報責任者(CIO)であり、2025年2月に同職に就いた。DISH Networkで6年以上CIOを務めた後、半導体、ソフトウェア、サービスがグローバルなエコシステムを駆動し、社内テクノロジーが企業活動と膨大なエンジニアリング・ワークロードの双方を支えなければならない環境へと踏み込んだ。彼の管掌範囲は、見積から入金までのシステム(Quote to Cash)を含むアプリケーションやデジタルプラットフォーム、高度に複雑な半導体サプライチェーンおよびERP環境、さらに人事や法務を支えるコーポレートシステムに及ぶ。加えて、生産性を高めるAIプラットフォーム、同社のエンタープライズ・データ戦略、プライベートおよびパブリッククラウド環境にまたがるインフラ、IT運用、サイバーセキュリティも含まれる。
広範なテクノロジー領域を統括
ティニックの役割は、クアルコムのエンタープライズ・テクノロジー・スタックのほぼ全レイヤーにわたる。彼の組織は、営業オペレーションやサプライチェーンのプロセスから人事・法務プラットフォームに至るまでを支えるアプリケーションシステムを統括し、同時にクアルコムの膨大なエンジニアリング・ワークロードを動かすインフラ環境も管理する。この環境はプライベートクラウドとパブリッククラウドの両方にまたがり、同社で最重要級の開発活動の一部を支えている。
サイバーセキュリティ、エンタープライズ・データ戦略、そして社内の生産性を支えるAIプラットフォームも、彼の管掌範囲に入る。「責任は、アプリケーション層から、私たちのエンジニアリング環境を支えるインフラに至るまで本当に広い」とティニックは言う。「その上に、当社のデータ戦略と、全社の生産性を可能にするAIプラットフォームが乗っている」
このスコープを管理するため、ティニックはチームを4つの中核的な柱──アプリケーション、プラットフォーム、地域・事業部門のリーダーシップ、共有サービス──を軸に編成している。とりわけプラットフォーム層を重視し、セキュリティ、インフラ、データ、AIを、組織全体のイノベーションを支える共有のエンタープライズ能力として扱う。「私はセキュリティをプラットフォーム能力だと考えている」とティニックは述べる。「すべては最初からセキュリティを組み込んで設計されなければならない。後付けとして扱ってはならない」
AIの燃料としてのデータ
今日、多くのテクノロジーの会話はAIが主題になっているが、ティニックは、成功するAIの取り組みはより根源的なものから始まると考える。「あなたが最初にデータの話から入ったのは興味深い」と彼は言う。「多くの会話はすぐにAIへ飛ぶが、データこそがそのAIエンジンの燃料なのだ」
クアルコムは、全社におけるデータ品質とガバナンスの改善に多額の投資を行っている。ティニックが早期に下した決断の1つは、これまで複数チームに分散していたデータの専門人材を、統合データプラットフォームの構築を担う単一の組織へと集約することだった。同社はレイクハウス・アーキテクチャを拡張しつつ、これまでサイロ化していたデータセットをつなぐパイプラインを構築し、組織全体でのアクセシビリティを高めた。
「私たちには、適切にキュレーションされ、検証され、統合されたデータが必要だ」とティニックは説明する。「エージェントや自律型システムに意思決定をさせるのであれば、正確性が重要になる。データが検証されていなければ、誤った答えが出てしまう」ティニックは、企業が半自律または自律的なタスクを実行できるデジタルエージェントを展開するほど、この規律は一段と重要になると考える。信頼できるデータがなければ、リスクは急速に増幅する。
企業におけるAIの3つの次元
クアルコムのエンタープライズ環境において、ティニックはAI導入を3つの主要カテゴリーで捉える。第1は個人の生産性で、AIツールがコラボレーション・プラットフォーム、ドキュメント作成システム、コミュニケーションツールに統合され、社員がより速くリサーチを行い、定型業務を自動化できるよう支援する。
第2のカテゴリーは、セールスフォース、ServiceNow、アドビ、Atlassianといったエンタープライズ・ソフトウェア・プラットフォームの内部に、組み込み型のAI機能が増えていることに関わる。「これらのプラットフォームは、ワークフローにAIを直接組み込んでいる」とティニックは強調する。「AIが、その環境で人々がすでに行っている仕事を強化できるなら、私たちはそれを活用したい」
第3で、最も戦略的な次元は、プラットフォームとしてのAIだ。クアルコムは、開発者がAPIやソフトウェア開発キット(SDK)を通じて複数の大規模言語モデル(LLM)にアクセスできる社内AIマーケットプレイスを構築している。この環境には、再利用可能なアプリケーション、エージェント・フレームワーク、プロンプト・ライブラリが含まれ、全社での開発を加速するよう設計されている。「私たちの目標は、開発者がAI機能を活用したアプリケーションやエージェントを容易に構築できるプラットフォームをつくることだ」とティニックは説明する。
オープンなイノベーション・エコシステムの構築
ティニックの指針の1つは、急速に進化するAIエコシステムにおいて柔軟性を維持することだ。単一のテクノロジー・スタックにコミットするのではなく、クアルコムはマルチプラットフォーム戦略を採用し、幅広いベンダーと技術にまたがるイノベーションを取り込めるようにしている。
「いまのAIにおける変化のスピードは、これまで見たことがないほどだ」とティニックは言う。「ある瞬間は1つのモデルが市場をリードし、次の新リリースがすべてを変えてしまう」その結果、クアルコムは広範なパートナーと協業している。エンタープライズ・ソフトウェア・ベンダーは自社プラットフォーム内で組み込み型AI機能を提供し、スタートアップや特化型プロバイダーは、クアルコムの社内プラットフォームの取り組みを補完する新たなツールやワークフローを提供する。
ティニックは、これらのシステム間の相互運用性が極めて重要だと強調する。「私たちはオープンであり続け、当社のプラットフォームがエコシステム内の他のものと接続できることを確実にしたい」と彼は言う。クアルコム内での導入は急速に進む。社員が新しいツールを試し、日々の業務にAIを組み込むにつれて、トークン消費量やモデル推論量といった利用指標が急増している。「社内の関心は尽きることがない」と彼は強調する。
AI時代のサイバーセキュリティ
AIの台頭は、サイバーセキュリティの環境も変える。AIは新たな防御能力を生む一方で、組織が対処すべき新しい攻撃ベクトルや脅威領域ももたらす。ティニックは、ディープフェイク、適応型マルウェア、AIによる脆弱性発見を、脅威環境の変化の例として挙げる。
「脅威ベクトルそのものが変わっている」と彼は言う。「AIが脆弱性を悪用したり攻撃を実行したりできる速度は、以前とは劇的に違う」同時に、AIは防御能力を強化する。セキュリティチームが膨大な脅威データを分析し、エンタープライズ・システム内の異常な振る舞いのパターンを特定できるようにするからだ。
自動分析は、フィッシング攻撃の検知、脅威インテリジェンスの大規模処理、見過ごされがちな異常の抽出に役立つ。「AIは、以前は不可能だった形で防御をスケールさせてくれる」とティニックは言う。
次のテクノロジーの波を見据えて
ティニックが今後10年を最も変えうる技術を考えると、3つのトレンドが際立つ。ロボティクス、6G接続、そしてAIである。彼が特に興味を引かれているのは、人間の身体的形状を模したヒューマノイド・ロボティクス・システムの出現だ。世界のインフラの多くは人間の活動を前提に設計されているため、そうした環境の中で動けるロボットは、産業から日常生活まで、まったく新しい用途を解き放つ可能性がある。
「世界全体が、人間がどう動くかを中心にできている」とティニックは言う。「ロボティクスがその形状を再現できるなら、可能性は莫大だ」同時に、登場しつつある6Gネットワークは、帯域幅とレイテンシ(遅延)を劇的に改善し、まったく新しいカテゴリーのアプリケーションを可能にする。
「ロボティクスと6GとAIを組み合わせたとき」と彼は強調する。「潜在的な影響は指数関数的になる」グローバルな無線エコシステムの中心に位置するクアルコムにとって、この収斂は機会であると同時に責任でもある。ティニックにとってそれは、デバイス、ネットワーク、物理環境にまたがってインテリジェントなシステムがシームレスに動作する未来をも示している。
ピーター・ハイは、ビジネスおよびITのアドバイザリーファームであるMetis Strategyの社長である。最新作Getting to Nimbleを含む、ベストセラー書籍を3冊執筆している。また、Technovationのポッドキャストシリーズで司会を務め、世界各地のカンファレンスで講演している。Xで@PeterAHighをフォロー。



