経済・社会

2026.03.18 20:43

米中製薬取引が急増、「金のなる木」か政策リスクか

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この1年で、米国の製薬会社と中国のバイオテック企業の間のライセンス取引が急増した。これは、米政府がライフサイエンスのサプライチェーンにおける中国の過大な役割を抑え込もうとしているのと同時に、中国への依存を新たな水準へと引き上げかねない。

相反する2つの利害は、中国の業界内での重要性を浮き彫りにする。中国は主要な医薬品原料の供給国であり、素早く追随する存在から、イノベーションの世界的リーダーへと移行しつつあるのだ。

「中国からアウトライセンスされた資産を含む取引の価値は、2019年の10億ドル(約1500億円)から2025年には940億ドル(約14兆1000億円)へと増加した」と、EYアメリカス・ライフサイエンス・リーダーのアルダ・ウラルは述べる。

またこの数字は、2025年に記録されたすべてのバイオ医薬品取引の総取引価値のおよそ35%を占めるとウラルは述べた。背景には、米国と比べて中国ではスピード、競争力あるコスト、規制緩和という恩恵を企業が享受できる点があると、ウラルは説明する。

こうした状況があるからこそ、アストラゼネカは2030年までに中国へ150億ドル(約2兆2500億円)を投資し、「医薬品の製造とR&Dを拡大する」と発表した。

「重心が移った世界に、われわれはいる」。ロンドン拠点のルミナ・ライフサイエンシズでマネージングパートナーを務め、バイオテックのエグゼクティブでもあるサヒル・キルペカールはそう語った。

キルペカールや、PwCでヘルス・インダストリーズ部門リーダーを務めるグレン・ハンジンガーらは、中国での取引がわずか数年で安価な案件からプレミアム資産へと変化するのを見てきた。

プレミアムな価格が付いたとしても、開発される医薬品のコストは米国と比べてごく一部にとどまるとハンジンガーは述べた。

キルペカールは、こうした理由から米国の製薬大手は取引を逃す余裕がないと語る。

ここに至るまで

この潮流は10年以上かけて形成されてきた。中国政府による協調的な取り組みとして、経済特区の設置、官僚的手続きの削減、イノベーションへの資金拠出、そして臨床試験における自国の人口と政府運営の病院の活用が進められてきた。その結果、より慎重で高コストな規制プロセスで知られる米国と比べ、イノベーションのプロセスが加速した。

さらに中国は約20年にわたり、在外中国人に対して、とりわけ米国で教育を受けた層に帰国を促し、生産力の向上を図ってきた。

この戦略は成果を上げており、歴史的な摩擦、すなわち知的財産や臨床試験データの品質に関する懸念を薄れさせている。

元FDA長官のスコット・ゴットリーブは、ドナルド・トランプ大統領の第1期政権下で中国を訪れ、この変化を直接体験した。同氏は、米国はなお競争優位を取り戻せると考えている。

「中国は米国に対して科学的優位を持っていない。ベンチャーキャピタル、バイオテクノロジーのスタートアップ、学術研究が混在し、ここでの創薬を下支えしている構造を、中国が近く再現する可能性も低い。中国が持つのは政策上の優位だけであり、それは意図的な経済戦略に由来する」。ゴットリーブはこう述べた。

現FDA長官のマーティ・マカリーは、承認までのコストと時間を減らすため、試験要件の縮小を含め、米国の規制システムを迅速化する政策を進めている。

ただし、数十年にわたる規制政策を巻き戻すには時間がかかる。

政策の不確実性が迫る

取引の活発化と並行して、業界は中国の存在感を抑えることを目的とした国内政策にも対処を迫られている。

中国は、有効医薬品成分(API)として知られるものや、ほぼすべての医薬品に含まれる基礎となる生物学的化合物の最大級の生産国の1つである。近年、こうした原料の製造は欧州や他のアジア諸国でも拡大している。

中国がバイオテックのイノベーションを伸ばし始めると同時に、米国内での存在感も拡大し始めた。昨年議会を通過したバイオセキュア法は、政府が定期的に更新するリストに載るこれらの中国企業や他の中国企業と取引する米国の組織に対し、連邦資金の提供を脅かすものだ。

(大手製薬企業は歴史的に、初期段階の創薬研究におけるリスクを軽減するために利用可能な連邦資金を活用してきたが、どの中国企業がリストに含まれるかによって状況は変わる。この法律は早くとも2027年まで施行されないため、企業には適応する時間がある。)

もう1つの国内の脅威は関税である。米連邦最高裁は、国際緊急経済権限法にもとづきトランプが発動した関税を無効としたが、同政権は近く、製薬に関税を課す別の手段を見いだす可能性がある。通商拡大法の232条にもとづき、製薬サプライチェーン内の特定の部品や製品が国家安全保障上のリスクをもたらすかどうかを判断する連邦調査が進行中だ。リスクがあるとの結論になれば、政権が別種の関税を課す正当化材料になり得る。狙いは、それら部品の国内生産を押し上げることにある。

232条による脅威への対応、そしてそれを見越して、最大手の製薬企業は米国内へ製造を戻し、製造拠点を拡充する数十億ドル規模のプロジェクトを発表している。稼働までには数年を要する。

製薬企業はまた、232条調査で想定されるものを含め、関税を全面的に回避したいという思惑から、トランプ政権の新たな政府サイト「TrumpRx」で価格引き下げを交渉し、新たな割引にも同意した。だが最近の報道では、そうした合意は短期にとどまる見通しだという。

興味深いことに、トランプが先週の一般教書演説で、最恵国価格モデルとして知られる低価格を法制化するよう議会に求めた際、製薬ロビーは反発した。この反発は、合意がトランプ政権の在任期間中、さらなる圧力を先送りできることを製薬業界が期待している兆候である。

「政府が課す最恵国政策は、米国の競争力を損なう一方で、受診を阻み、患者のコストを引き上げる保険慣行の問題には何ら対処しない。価格統制に依存する国々では、患者は新たな治療法を得るまでに何年も待たされる。そもそもアクセスできないこともある。こうした政策は米国のR&Dから数十億ドルを吸い上げ、治癒のペースを鈍らせ、将来のイノベーションで中国への依存を高めることになる」。米国研究製薬工業協会(PhRMA)の社長兼CEOであるスティーブン・ウブルは声明でこう述べた。

国内政策をめぐる諸問題と、新たなパイプライン戦略が重なり、長期的な見通しは不透明だ。ただ専門家によれば、中国関連の取引がどれほどリスクが高いのかは、現時点では判断が難しい。

「大半の製薬企業は、革新的な医薬品をどこから得るかを気にしていないと思う。投資家も製薬企業も、競争力のあるものさえ手にできるなら、その出どころは気にしない」。ルミナのキルペカールはそう語った。

EYのウラルは、現在の取引の性格を踏まえると、政策リスクにはならない可能性があると述べた。

「その種の合意に将来の関係性はない。通常は、臨床、規制、あるいは商業上のエンドポイントを達成できた場合を前提とする将来の支払いが含まれるだけだ」と同氏は言う。「しかし、企業がジョイントベンチャー、提携、少数持分といった形の協業に踏み込むなら、それは長期的なリスクになり得る」

同時に追うべきことがあまりに多い。

「刻一刻と物事が変わる、こんなビジネス環境はこれまでなかった。地政学、規制、競争——事業を運営する環境として、これほど厳しいことはなかった」。PwCのハンジンガーはそう述べた。

確かに、製薬企業の幹部は、将来、国内政策が取引に干渉するかどうかを見極めるためのシグナルを注視している、と同氏は語った。

forbes.com 原文

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