2026.03.24 18:45

技術屋から日本人初の外資F1チーム代表へ。小松礼雄の言う「まず結果」の意味

小松礼雄|TGR Haas F1 Team, チームプリンシパル

小松礼雄|TGR Haas F1 Team, チームプリンシパル

世界で10人しか存在しないF1チームの代表とは、いかなる職業なのか。欧米が主導してきたこの世界で、しっかりと結果を残している日本人が小松礼雄だ。どうやって組織を立て直し、資金と人を集めているのか、自身の言葉で語ってもらった。


 

F1ドライバーとは、ロサンゼルス・ドジャースの選手よりはるかに希少な存在だ。11チーム22台で競う現代のF1のドライバーは、わずか22人しかいないからだ。チーム代表となるとさらに狭き門で、11人しか存在しない。そして世界で11人のうちのひとりが、ハースF1チームで代表を務める小松礼雄だ。ちなみに、76年の歴史を数えるF1にあって、日本資本以外のチームで日本人が代表となったケースは、小松が最初だ。

小松は、希少な存在というだけでなく、きちんと結果も残している。2024年に代表に就任すると、前年は最下位だったチームを7位に引き上げた。開幕したばかりの2026年シーズンも初戦のオーストラリアGPと第2戦の中国GPで連続してポイントを獲得、好調な滑り出しを見せている。

F1界で最も規模が小さい新興チームを率いる小松礼雄に、経営や人事の視点も織り交ぜながら、成功の要因やこれから取り組むべき課題について訊いた。

コンパクトでありながら優秀なチームを組織する方法

1976年生まれの小松は、中学生の時に空前のF1ブームに接し、高校卒業後に単身で渡英する。語学学校を経てラフバラー大学で自動車工学を学び、レーシングドライバーの佐藤琢磨をはじめとする知己を得て、2003年にB・A・RホンダでF1でのキャリアをスタートする。以降、ルノーやロータスといった名門チームで経験を積み、2016年に創設されたばかりのアメリカ資本のハースF1チームに加入、エンジニアリング・ディレクターを務めた。

転機となったのは2024年の年明け。前年の最下位という不振を受けてチーム代表は解任、小松はオーナーのジーン・ハースから代表就任を打診される。エンジニアリング・ディレクターと代表の仕事の内容は、当然ながら大きく異なる。打診を受けて、就任すべきかどうかの逡巡はなかったのかと尋ねると、「なぜ僕に白羽の矢が立ったのか、という意外な印象は受けませんでした」と即答した。

「僕はチーム創立の2016年にここに来て、チーフエンジニアやエンジニアリング・ディレクターとしてやってきたから、チームのことをすべて知っているわけです。このチームのなにが問題で、どうすれば良くできるかというアイデアもあった。そのアイデアを実行に移すことができる、こんなにありがたい機会はないというのが正直な気持ちでした」

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文=サトータケシ 写真=苅部太郎(インタビュー人物)

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