経済・社会

2026.03.18 20:44

「組織化されたテクノロジー」がアメリカンドリームを左右する時代

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Nicholas Antoine(ニコラス・アントワーヌ)、共同CEO兼マネージングパートナー、Red Arts Capital

1971年、政治理論家ソール・アリンスキーはコミュニティ・オーガナイジングの金字塔Rules for Radicalsを刊行し、社会には本質的に2つの形の力があると論じた。すなわち「組織化された人々」と「組織化された資本」である。

今日、私はそこに3つ目があると主張したい。「組織化されたテクノロジー」である。

昨年、私はThe Technological Republicを読んだ。Palantir(パランティア)のCEO兼共同創業者であるアレックス・カープ博士とニコラス・ザミスカによる政治論考だ。同書は、西洋リベラリズムが個人のアイデンティティを何よりも優先し、その帰結として功利的な優先順位が押し上げられている状況に直面するなかで、目的(個人として、国家として、社会として)に再び焦点を当てるよう読者に促す。この本は、投資家としての自分の仕事という文脈で、目的や意味について考えさせられる契機となった。

10年前、私はシカゴを拠点とするプライベートエクイティ・ファームを共同創業した。ニッチなサプライチェーンおよび物流ビジネスに特化した投資を行っている。この10年、私たちは米国経済の屋台骨を形成する企業を営む起業家やファミリーに投資してきた。こうした事業の多くは数十年にわたり存続し、なかには100年以上続くものもある。ロサンゼルスのような港湾都市だけでなく、中西部の農地にも根を下ろしている。

その物語の中心にあるのは、アメリカンドリームだ。起業家精神、粘り強さ、そして希望である。

私は移民の息子であり、移民の夫でもある。こうした起業家ファミリーについて学ぶなかで、私は自分自身を形づくってきたものと同じ文化を見いだす。逆境が圧倒的であっても可能性を信じる、不屈さと向上心だ。この親近感があるからこそ、地域社会を支えるサービスを維持するために人生を捧げる「ミドル・アメリカ」の小規模事業者に、私は強くつながりを感じている。

「米国人であるとはどういうことか」「国家として何を掲げるべきか」という問いこそ、カープが私たちに直面させようとしているものだ。国として、そして人々として、私たちの価値観とは何か。自己表現の自由だけで十分なのか。それとも、人間の尊厳と充足に等しく不可欠な、共同の理想があるのか。

私は、その理想の1つはアメリカンドリームを守ることだと考えている。だが同時に、今日のテクノロジーは不可欠である一方で、新たな「組織化された力」として台頭し、ますます小規模事業者や起業家がその夢を追う力を脅かしつつあるとも考えている。

この現実は、昨秋にシカゴで私のファームが開催したサプライチェーン・エグゼクティブ・カンファレンスで、まさに焦点となった。そこで私は、貨物仲介の分野で最も影響力のあるイノベーターの1人と目される創業者CEOと話をした。彼は私が日々目にしていることを強調した。人間関係が依然として重要である一方で、テクノロジーはもはや「選択肢」ではないということだ。

とはいえ、ミドルマーケット全体での導入状況は一様ではない。多くの中小企業は、新しいシステムの統合に二の足を踏む。コスト、複雑さ、あるいは企業文化への影響に気圧されるからだ。彼の主張は明快だった。次の時代に成功するのは、テクノロジーを受け入れつつ、そもそも自社を築き上げてきた人間的・文化的基盤に忠実であり続ける企業である。

投資を実行した後、私たちの仕事の中心は、3つの領域に焦点を当てて企業の成長を支援することにある。人(people)、プロセス(process)、テクノロジー(technology)だ。私の経験では、ミドルマーケットにおけるプライベートエクイティの価値創出の大半は最初の2つ、すなわち適切な人材を採用し、オペレーション改善を進めることから生まれる。これらの取り組みだけで大きな成果が出ることも少なくなく、多くのファミリーや経営陣はそれを歓迎する。

対照的に、テクノロジーはしばしば消極的に扱われる。文化、人材、オペレーションの規律によって多くの価値を引き出せるため、私は企業にテクノロジー上のリスクを性急に負わせないよう慎重であり続けてきた。

しかし、ミドルマーケットのテクノロジーに対する姿勢は変わらなければならない。しかも迅速にだ。フォーチュン500のリーダーでさえ、時に遅れを取る。

私が子どもの頃、継父はよくモノポリーで遊ぶよう勧めてくれた。20世紀初頭に作られたこのゲームは、富を築く見込みに胸を躍らせながら家族で楽しむ、家庭の定番となった。だが継父は、チェスと同様、モノポリーは娯楽以上のものだと説明した。大恐慌期に考案されたそれは、資本主義そのものへの批評だった。どれほど上手にプレーしても、仕組み上、1人が他の全員を破産させて勝つようにできている、というわけだ。

資本主義は長らく称賛される一方で批判もされてきた。プライベートエクイティ投資家である私は、その批判の格好の標的でもある。そうしたバイアスがあることを認めたうえで言えば、組織化された資本は、総じて社会の生活の質を向上させてきたと私は考えている。そして関心がフォーチュン500に向かいがちである一方で、真のインパクトが見いだされるのはミドルマーケットだ。つまり、GDPと雇用の巨大な割合を生み出す中小企業である。私は、アメリカンドリームがこれらのコミュニティで今も息づいていることを、現場で目の当たりにしてきた。

しかし近年、私は確信するようになった。アメリカンドリームにとってより大きなリスクは、もはや資本主義そのものではなく、その最強の道具の1つであるテクノロジーだということだ。適切に組織化されれば、それはそれ自体が一つの権力形態となる。人工知能(AI)とロボティクスの急速な進展により、私たちは起業家や中小企業にとっての機会が大きく塗り替えられる、その瀬戸際に立っている。

その変化は、良い結果にも悪い結果にもつながり得る。どちらの道を選ぶかは、カープが読者に促すように、国家として共有の目的意識を新たに採用できるかどうかにかかっている。組織化されたテクノロジーの巨人たちが新たな機会を独占するのを避けるためにも、私たちはこれらのテクノロジーを試し、採用していかなければならない。ボードゲームとは違い、ここでの賭け金は現実だ。国家として適応に失敗すれば、アメリカンドリームという希望は、ごく少数を除くすべての人にとって手の届かないものになりかねない。

ここで提供される情報は、投資、税務、または財務に関する助言ではない。個別の状況に関する助言については、資格を有する専門家に相談してほしい。

forbes.com 原文

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