職場の問題の多くは目に見える。納期遅れ、コミュニケーション不全、優先順位をめぐる対立。
だが、ときに別種の問題が現れる。話がどうにも噛み合わない同僚。どこか曖昧な経歴。約束が結果として結実しないこと。
最初は誤解だと思いたくなる。少し大げさに言っただけかもしれない。プロジェクトが本当に彼らのコントロールの及ばない理由で頓挫したのかもしれない。
時間が経つにつれ、そのパターンは無視しがたくなる。問題は単発の誇張ではない。虚偽を含むパターンなのである。
裏づけのない主張によって影響力を築く人がいると、問題はパフォーマンスの範囲を超える。信頼の問題になる。リーダーやマネージャーにとって、これはセンシティブな状況だ。拙速に動けば不当な告発になりかねない。パターンを見過ごせば、チーム内の信用が静かにすり減っていく恐れがある。
職場の虚偽に向き合いにくい理由
職場は信用に大きく依存している。肩書、経験、専門性が「誰の話が聞かれるか」を形づくる。実際以上に経験豊富で人脈があるかのように自分を提示する人がいても、同僚は当初その主張を受け入れがちだ。確かめること自体が社会的に気まずいからである。
この力学は、社会学者が「ステータス・シグナリング」と呼ぶ現象を反映している。これはシグナリング理論に根ざした概念だ。人は過去の役割、資格あるいは自信に満ちた話しぶりといった手がかりから能力を判断する。そうしたシグナルが、どれほど注目と権限を得られるかを左右する。
たいていの場合、シグナルは正当なものだ。だが、ときに誇張されている。
難しいのは、誇張がグレーゾーンに位置する点である。確たる証拠がないまま同僚を不誠実だと責めたい人はほとんどいない。間違っていた場合の社会的コストが大きいと感じられるのだ。結果として、懐疑は内心にとどまり、語りだけが公の場で続いていく。
実体より「語り」が前に出るとき
虚偽は、露骨な詐欺として現れることはまれだ。多くはもっと微妙である。
後に「主導した」と言っていたプロジェクトが、実際は支援しただけだと判明する。必要なときに確認できない経営層との関係を主張する。成果がいつまでも地平線の向こうにあるかのような約束を続ける。
個々の出来事には説明がつく。問題が立ち上がるのは、それが繰り返されるときだ。
印象操作に関する研究によると、特に専門性をすばやく評価することが難しい環境では、検証可能な証拠ではなく物語に頼って信用を築く人がいることが示されている。話がもっともらしく、誰も異議を唱えなければ、専門性という認識は実際の専門性よりも長く持続しうる。
やがて、認識と現実のギャップは結果によって可視化される。



