リーダーシップ

2026.03.17 19:56

リーダーが「自分らしさ」を貫けない理由:オーセンティシティのパラドックスとは

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ここ10年ほど、リーダーシップに関する助言として最も頻繁に繰り返されてきた言葉の1つが「オーセンティシティ(真正性)」である。

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経営層には「ありのままの自分で仕事をする」「弱さを見せて導く」「かつての世代のマネジャーが保つよう促された仮面を外す」といったことが求められる。こうした言葉遣いは、リーダーシップのあるべき姿や、職場でリーダーにどう振る舞ってほしいかという期待が大きく変化したことを示している。

今日、社員は台本どおりではなく、人間味のあるリーダーを求める。Z世代がスタジオで磨き上げた映像よりも、多少揺れのある動画を好むのと同じである。

しかし、現実のリーダー職を経験したことがある人なら、オーセンティシティがスローガンほど単純ではないことにすぐ気づくだろう。組織は、将来が不確かなときでも(時に自身の立場すら含めて)信頼感を喚起することをリーダーに求める。同時に、市場・テクノロジー・戦略が絶えず変化するなかで、利害関係者は明確な方針を期待する。チームは「徹底した率直さ」を求めながらも、都合の悪い知らせはやんわりと砂糖をまぶした形で届くことを内心望んでいたりもする。

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こうした期待が生むのが、経営学者ハーミニア・イバーラが有名にした「オーセンティシティのパラドックス」である。リーダーは「自分らしくあれ」と促される一方で、仕事はその場では到底自然に感じられない振る舞いを要求するのだ。

実際、リーダーシップでは、現在の自己認識を超える行動が必要になることが多い。真の自信が十分に備わる前に、自信を投影しなければならない局面もある。ゆえにオーセンティシティは、固定的な内面の自己をさらけ出すことというより、個人のアイデンティティと職務上の役割の緊張関係をリーダーがどう扱うかという問題になる。

この緊張を理解するには、オーセンティシティをめぐる大衆的レトリックから一歩引き、人が実際にリーダーとして成長していく科学を見直す必要がある。

オーセンティシティのパラドックスが存在する理由

人のアイデンティティは、日常の言葉が示唆するよりもはるかに流動的である。

社会心理学は、人が状況に応じて活性化する役割にもとづく動的な自己を維持していることを、長年にわたり示してきた。家族といるとき、友人といるとき、そして職業上の責任を担うときとで、人の振る舞いは変わる。単一の自己を誰に対しても提示するわけではないのだ。リーダーシップはこの動きをいっそう強める。リーダーは常に観察されるだけでなく、集団全体の期待を背負うからだ。

イバーラの研究によれば、リーダーとしての成長は「内なる本物の自分を見つけ、それをより大胆に表現する」という単純な脚本どおりには進まない。

成長は多くの場合、実験から始まる。新任マネジャーは尊敬する人を観察し、効果的に見える振る舞いを借用し、自分が自然に感じる以上の権威や自信を要する状況で試してみる。やがてそれらの振る舞いはアイデンティティに統合されていくが、プロセスはたいてい、少し人工的に感じられる行動から始まる。

多くのプロフェッショナルは、この段階に当初抵抗する。それがオーセンティシティの理想と矛盾しているように見えるからだ。しかし、その不快感はアイデンティティがどう進化するかについての誤解を反映している。成長はしばしば逆方向に進む。つまり行動が先にあり、アイデンティティが後から追いつく。人は、新しい行動が完全に自然に感じられるずっと前からそれを実行し、オーセンティシティは自己内省によって即座に現れるのではなく、経験を通じて徐々に立ち現れるのである。

この力学が、最も一般的なリーダーシップ助言が人を袋小路に追い込む理由を説明する。

今日の自分にとって心地よい振る舞いだけに固執するリーダーは、成長を初期段階で凍結させる危険がある。一方、役割を純粋な演技とみなすリーダーは、自分の根底にある価値観から切り離されたスタイルへと漂流しがちである。

この2つの極の間を航行することが、現代のリーダーシップにおける中心的課題の1つとなる。

オーセンティシティはどう信頼を強めるのか

概念が複雑であっても、オーセンティシティが組織内で極めて重要であることに変わりはない。フランシス・フライとアン・モリスが行った信頼研究は、人がリーダーを信頼するかどうかを形づくる3つの次元として、オーセンティシティ、論理、共感を挙げている。

これらの柱のどれか1つが弱まると、信頼は崩れ始める。

オーセンティシティは、他の要素の解釈のされ方そのものに影響する点で、独特の役割を担う。利害関係者は、リーダーの発言が入念に作られたメッセージではなく、真の確信を反映していると信じたい。リーダーが過度にリハーサルされたように見えたり、防御的だったり、必要以上に洗練されすぎていたりすると、受け手は「重要な情報が表層の裏に隠されているのではないか」と疑い始める。

オーセンティシティは信頼性のシグナルとしても機能する。

社員は、誠実さの宣言ではなく行動パターンを通じてそれを評価する。意思決定の一貫性、意図の透明性、掲げた価値観と実際の行動の目に見える整合性が、「このリーダーの言葉には重みがある」という印象を生む。時間の経過とともに、その整合性は「プレッシャー下でリーダーがどう反応するか」をチームが予測できる状態をつくり、ひいては組織の社会的環境を安定させる。

もちろん、リーダーが私的な思考をすべて共有する必要はない。

効果的なオーセンティシティは、徹底した開示ではなく信頼性に焦点を当てる。人は、リーダーが制約のなかで行動し、時に情報を一時的に伏せなければならないことを理解している。重要なのは、最終的に見えてくるものが、リーダーの本当の優先順位と判断を反映しているという感覚である。

それでもリーダーシップに「仮面」が必要な理由

現代のオーセンティシティをめぐる議論は、最良のリーダーは、かつての世代が身につけるよう促された職業上の仮面を単に外すだけだ、という前提に立ちがちである。

しかし、実際に発揮されるリーダーシップは、仮面を外すだけの話ではない。

組織は意思決定だけでなく、象徴的な安心感もリーダーに依存している。そしてこの役割には、どうしても自己呈示の仕方を規定する代表的責任が伴う。そこに現れるのは、完全な「その人」ではなく、リーダーの役割に適合した「その人の一つのバージョン」である。つまり自己の一部は、必然的にフレームの外に残る。

ビジョンと方向性への自信は、その一例である。

チームは、組織の根本目的についてリーダーが公然と迷う姿を見たいとは思わない。ミッションに確信が持てないように見えるリーダーは、社員が方位を求めているまさにその瞬間に不安定さを持ち込む。同様に、危機の最中には、状況が高度に不確かであっても、人々は落ち着きと統制のシグナルを探す。

こうした期待は、機能的な目的を果たす「職業上の演劇」を生み出す。組織が安定を必要とするから、リーダーは安定を投影する。集団の行動には共有された方向性が必要だから、リーダーは未来について明確な物語を語る。

問題が生じるのは、この仮面が象徴領域を超えて広がり、組織の運用上の現実を覆い隠し始めるときである。

目的への自信は、事実の歪曲、業績データの選択的開示、難しい意思決定に対する曖昧な説明を必要としない。利害関係者は、具体的な選択の背後にある理由を理解できるほど、リーダーの権限を受け入れやすくなる。詳細に関する透明性を保つことは、役割に伴う自信の演出を行いながらも、信頼を守る。

したがって重要なのは、象徴的リーダーシップと事実の明確さのバランスである。リーダーは、達成に伴う実務上の複雑さを認めつつも、ミッションを確信をもって体現できる。

何がオーセンティシティを損なうのか

能力や戦略の問題に見える多くのリーダーシップの失敗は、実は「オーセンティシティがある」と見なされる感覚の崩壊から始まる。社員はリーダーを注意深く観察しており、信頼性を損なういくつかのパターンが確かに存在する。

最も分かりやすいのは、公的な発言と日常行動の不一致である。組織はしばしば、協働、ワークライフバランス、心理的安全性へのコミットメントを掲げる一方で、それらの理想に反する行動を報いる。透明性を称賛しながら重要情報を伏せるリーダー、チームワークを称えながら個人の英雄的行動を報いるリーダーは、たちまち信頼を失う。時間が経つと社員は、公式の言葉を実質ではなく儀礼として解釈するようになる。

もう1つのよくある罠は、「演出的オーセンティシティ」という現象の拡大に見られる。

現代のリーダーシップ文化は、目に見える脆さ、感情の開示、個人的ストーリーテリングを促す。それらが自然に生まれるなら、関係を強めることもある。問題は、リーダーがそれらを経験の誠実な表現ではなく、コミュニケーション戦術として採用するときに起きる。リハーサルされた脆さ、計算された告白、誇張された謙虚さの演出は、人間味というより操作的に感じられやすい。受け手は、多くの人が思う以上に、その背後の意図を見抜く。

文脈による一貫性の欠如も、オーセンティシティを弱める。

相手によって口調、価値観、優先順位が劇的に変わるリーダーは、アイデンティティそのものが交渉可能であるかのような印象を与える。一貫性は硬直性を意味しないが、利害関係者は、リーダーが問題を解釈し課題に対応する際に、識別可能なパターンを期待する。

実践で「本物の信頼性」を築く

前述のとおり、オーセンティシティは劇的なジェスチャーから生まれることはほとんどない。むしろ、自分の価値観と意思決定を規律をもって整合させることで、徐々に育つ。

最も強力な実践の1つは、目に見える行動が宣言した優先順位を補強しているかを確認することである。リーダーはしばしば、自分が行う演説よりも、報いる行動のほうが組織文化を多く語ることに気づく。日々の意思決定が、価値があると主張する原則を補強していれば、手の込んだメッセージングがなくともオーセンティシティは明らかになる。

不確実性をめぐるコミュニケーションも、信頼性を高める機会となる。

リーダーは、分からないことを認めれば権威が揺らぐと考えがちだが、必ずしもそうではない。研究は、責任ある透明性がしばしば逆の効果を生むことを示している。分かっていることを説明し、不確実な領域を特定し、追加情報を集めるプロセスを示すことで、社員が尊重する知的誠実さの感覚が生まれる。こうして、前進の道筋が進化し続けていても方向性は明確に保たれ、リーダーは不確実さに正直でありながら、社員に「どこへ向かうべきかを知っている負担」を押しつけずに済む。

傾聴も重要な役割を果たす。

思慮深い質問をするリーダーは、好奇心と謙虚さを示す。これらは受け手が一貫してオーセンティシティと結びつける資質である。会話の最中に注意深く耳を傾けることは、リーダーが自らの権威を超えた視点を重視していることを示す。時間の経過とともに、こうした相互作用が「開かれている」という評判へと積み上がり、それはオーセンティシティの近縁概念である。

最後に、オーセンティックなリーダーシップには物語の整合性が必要である。利害関係者は、組織が何を体現し、なぜ特定の意思決定がその大きな枠組みの中で意味を持つのかについて、一貫したストーリーを求める。行動がその物語と整合していれば、社員は難しい選択ですら恣意的ではなく、原則にもとづくものとして受け止める。

オーセンティシティの背後にある規律

オーセンティシティはマネジメント界隈で流行の助言となったが、この概念は広く誤解されている。リーダーシップとは、組織が依存する職業上の役割を放棄することではない。責任はしばしば、自信、明確さ、落ち着きを適切に示すことを求めるが、どの個人もそれを常に完璧に体感できるわけではない。

本当の課題は、この職業上の演技が、真正な価値観と一貫した行動に根差していることを確保する点にある。オーセンティックなリーダーシップは、圧力下でもアイデンティティ、コミュニケーション、行動が整合しているときに立ち現れる。リーダーシップに必要な仮面は存在し続けるが、それは別人を完全に隠すものではなく、仮面をかぶる本人を反映する。

その規律こそが、リーダーに信頼性を損なうことなく「オーセンティシティのパラドックス」を乗り越えさせるのである。

forbes.com 原文

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